前出のムック本には「ギター・シンセはエレキギターとは全く異なる新しい楽器」といった文言が並んでいる。未知の楽器がどのようなものであるのかを喧伝するためには、実際にその音をリアルで聴いてもらうしかない。YouTubeなど存在しない時代だ。
「ローランドと発売元となる神田商会(グレコ)からの依頼で、私、成毛滋氏、ゴダイゴの浅野孝已氏がプレーヤー・サイドのアドバイザーとして集められ、開発を手伝いました。私は、全国の楽器店やステージでデモ演奏を行いましたが、初めて触った瞬間、ギターとは完全に別物だと感じました」(谷川氏)
「初めは、安定的に音を出すことに苦労しました。他の弦に触れてしまうと変な音がしたり、音が止まったりします。チョーキングやビブラートといったギターではあたりまえのテクニックを封印して、独自の奏法を編み出す必要がありました」(谷川氏)
「デモの現場でもいろいろな経験をしました。楽器店の方もギター・シンセがどのようなものであるかを知らないわけです。現地に出向いてみると、10W程度の小さなアンプが1つあって『これで演奏してください』と言われたこともあります。もちろん当時のことですからPAやキーボード用のモニター・アンプなどもありません。たこ足配線や屋外炎天下での演奏といったこともありました。アナログ・シンセは、電源や気温など、環境によって、音程が不安定になり苦労しました。今の様な音響システムやアンプ、エフェクト類があればギター・シンセは、もっと広まったかもしれません」(谷川氏)
世界的なアーティストの中にもGR-500/GS-500をライブで活用する人もいた。
「ジェフ・ベックの来日公演において『スターサイクル』の演奏で使いました。通常のギターに持ち替える時間がないので、GS-500を天井から吊したり、独自の演奏可能なギタースタンドにセットしたままで演奏してもらいました」(植野氏)
このようにして当時、GR-500/GS-500に係わった人々は、開発者も演奏者もチャレンジングな活動を強いられていたわけだが、谷川氏や植野氏が前人未踏の道を切り開いたこともあり、GR-500/GS-500に端を発するギター・シンセはMIDI対応やデジタル化といった最新のテクノロジーを取り入れつつその系譜は今でも脈々と続いている。
ただ、ギター・シンセの歴史と共に歩んできた谷川氏は、楽器としてのギター・シンセが置かれた立ち位置は、当時も今も変わらないと話す。
「パット・メセニーのようにギター・シンセを駆使したミュージシャンもいますが、それは比較的希有な存在だと思います。多くは、キーボード奏者不在のバンドでシンセの音が欲しいときに、鍵盤の代替えとして導入する、という域を脱していないと感じます。ギター・シンセでなければならないという理由は希薄です。長年弾いていて感じるのは、ギター・シンセのテクニックを追求すればするほど、ヤン・ハマーの音になってしまいます(笑)」(谷川氏)
ヤン・ハマーは、ジェフ・ベックなどと共に活動したキーボード奏者で、シンセをギターソロのように弾きまくることで一躍有名になった人だ。谷川氏は、取材の最後に、次のように付け加えて締めくくった。
「同じAマイナーという和音を音色で弾いても、鍵盤楽器とギターではボイシング(構成)が違うので雰囲気がまったく異なります。楽器における表現は、それぞれ異なる個性があります。ギターという楽器の個性を最大限活かすギター・シンセの演奏は何か、という答えを見つける旅に終わりはありません」(谷川氏)
取材協力:新中野「ライヴカフェ弁天」
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