チューリングがイミテーション・ゲームを考えていた頃は、まだコンピュータというのはおそろしく原始的なものだった。原子力発電のアイデアはあっても、まだヤカンか、せいぜい焼却炉しかない時代のことだ。チューリングの機械は本質的に言葉を数学的に扱う機械だった。暗号解読を目的としていたからだ。
しかし数学で言葉や概念、関係性を扱えるというゲーデルのアイデアにチューリングは大いに刺激を受けたし、それが遠い未来にイミテーション・ゲームをパスするロボットが登場するのではないかと想像させた。
チューリングが1954年に亡くなって10年後、マサチューセッツ工科大学の人工知能研究所ではささやかな実験が行われていた。この時代にはチューリングが夢想したようなテレタイプ端末が大学にも入り、コンピュータと接続されていた。しかしこの当時のコンピュータはとても高価で巨大であるだけでなく、計算能力も極めて低かった。
そんな中、ジョセフ・ワイゼンバウムは、一種のジョークとして、精神科医のように会話するプログラムを書いた。バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」の登場人物にちなんで、「イライザ」と名づけられたそのプログラムを見たワイゼンバウムの秘書は、そこに本当の知性が宿ると確信した。
ワイゼンバウムの秘書だけが驚いたのなら問題なかった。しかし「イライザ」はあまりにも多くの人を驚かせ、混乱させ、真の知能の人工化に成功したと錯覚させた。ワイゼンバウム自身は、ジョークのつもりで作ったプログラムに真の知性を見出す人が続出し、あまりの反応に驚き、戸惑った。
2010年のインディペンデント映画「Plug & Play」で、ワイゼンバウムはこうも言っている。「イライザを誤解した人だけがそれをセンセーションと呼んだ」
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