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常態化する“オンプレ回帰” 2023年の最新動向を追う(2/2 ページ)

» 2023年06月19日 09時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]
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なぜオンプレ回帰するのか 3つのキーワード

 本当にオンプレ回帰が健全な選択肢といえるかどうかは、それがどんな理由で行われているのかを見る必要がある。前回の記事では、その主な理由として「コスト」「パフォーマンス」「セキュリティ」の3点を挙げた。今回もそれぞれの現況を見てみよう。

コスト

 2021年5月、TwitterやSkypeへの投資でも知られる著名ベンチャーキャピタルの米Andreessen Horowitzが、クラウドのコストに関する記事を自社サイト上で公開して注目を集めた。

 この記事を執筆した同社のパートナーらは、クラウドが企業にとってさまざまな価値を提供することを認めた上で、「クラウドに関する業界の経験が成熟し、クラウドのライフサイクルが企業の経済性に与える影響の全体像が把握されるにつれ、クラウドが企業の成長初期にその約束を果たすことは明らかであっても、企業の規模が拡大して成長が鈍化すると、利益率に与える圧力がそのメリットを上回り始めることが明らかになってきている」と指摘している。

 コスト削減の観点からオンプレ回帰する企業の例は以前から知られており、大きな理由の1つになっていることは指摘されていた。その中でもAndreessen Horowitzの記事が話題となった理由は、具体的な数字を計算している点だ。

 同社は2021年時点でクラウドを利用しているソフトウェア企業50社を対象に調査を実施。対象の企業がインフラを自社で運用したと仮定すると、クラウド利用によりおよそ1000億ドルの市場価値が失われていると推定した。さらにその対象範囲をソフトウェア企業以外にも広げると、その影響総額が5000億ドル以上となる可能性があると指摘している。

 もちろんクラウド利用により、特に企業やサービスの立ち上げ当初、コストを抑制する効果が得られる場合があることはAndreessen Horowitzも認めている。しかし成長してクラウドを大規模に利用するようになると、自社でインフラを抱えた方がコスト面で有利になる可能性があるということだ。

 こうしたケースでオンプレ回帰するというのは、むしろ「回帰」というより成長ステージに応じた「適切なインフラの選択」であり、企業の戦略や成長サイクルの面から見て、まさしく健全な判断といえる。

パフォーマンス

 前述のVirtanaのアンケート調査では、「アプリケーションをパブリッククラウドに移行した後で、それを再びオンプレミスに戻した経験がある」と回答した企業に対し、その理由も質問している。

 この追加質問の回答として多かったのは、上から「オンプレ環境に残しておくべきアプリケーションまで移行させてしまったため」(41%)、「パブリッククラウドのプロビジョニングに関して技術的な問題があったため」(36%)、「アプリケーションのパフォーマンスが低下してしまったため」(29%)となっている。

 「オンプレ環境に残しておくべきアプリケーション」というトップの理由はあいまいだが、続く2位と3位の理由では、プロビジョニングとパフォーマンスの点で問題がオンプレ回帰の理由だったとはっきり指摘している。ちなみにこの質問に対して「コストが予想外だった」と回答したのは20%だった。

 特に高速で低レイテンシの処理が求められるアプリケーションでは、オンプレ環境の方がパフォーマンス面で望ましい場合がある。ただクラウドに移行した場合にどの程度のパフォーマンスが実現できるかは、さまざまな要因によって変化するため、実際に移してみるまで分からないという面があるのも正直なところだ(だからこそVirtanaのようなサービスを展開する企業が存在し、この問題を認知してもらおうと訴えているわけである)。そうした傾向がこのアンケート結果に表れているのだろう。

 十分な検討があれば回避できた可能性があるとはいえ、パフォーマンスを理由としたオンプレ回帰についても、アプリケーションの種類や製品ライフサイクルに応じた、適切なインフラを模索する行為と捉えられる。こうしたオンプレ回帰が一定の割合で発生することは今後も続くと考えられるだろう。

セキュリティ

 セキュリティ面での懸念も、オンプレ回帰の大きな理由として以前から指摘されている。米IBMが2022年に発表した「Transformation Index: State of Cloud」によれば、回答者の54%が「自分たちが所有するデータの大部分について、パブリッククラウドは十分に安全ではない」という意見に同意しており、近年もこの懸念が根強く残っていることが分かる。

 もちろんこうしたセキュリティ面での問題はパブリッククラウドに限った話ではないが、一方でオンプレ環境に構築されたシステムや設備類は、当然ながら所有者である企業自体が完全に管理しているため、必要なセキュリティ対策を独自に実行できる。そのため特にセキュリティ面で厳しい対応が求められる部分、例えば顧客に関連するプロセスやデータについて、いったんクラウド上で構築したシステムを再び社内環境に戻すという動きが見られる。

 セキュリティやデータ管理に関する規制(GDPRなど)やコンプライアンス上の理由から、オンプレ環境に戻すという動きも続いている。Forbes誌に2022年9月に掲載された記事によると、米Dell Technologiesが135社のIT意思決定者に対して独自に行ったアンケート調査では、オンプレ回帰を行った回答者の40%が移行理由として「セキュリティとコンプライアンス」を挙げたという。

 本来であれば、セキュリティはクラウドを利用する利点として認識されるべき要素だ。実際にパブリッククラウドの各プロバイダーがこの面で多くの取り組みを行っており、対応は進んでいる。一方で、1つの事故や脆弱性が状況を変えかねない。それは企業やサービスの成長ステージに応じた変化という、ポジティブな理由からの選択ではなく、ネガティブでやむを得ないオンプレ回帰を促すものになるだろう。

環境変化への戦略としての「オンプレ回帰」

 オンプレ回帰が発生する主要な理由をあらためて振り返ってみたが、この傾向が今後加速するかどうかは、他にもテクノロジーの進化や個々のサービスプロバイダーの戦略、また全体的な経済状況といった要因に左右される。

 従って未来を占うのは難しいが、ただクラウド利用企業が増え、そして企業の活動やIT戦略が刻々と変化するものである以上、いったん選択したクラウドという環境からオンプレに帰る企業が一定数存在するのは、ある意味で当然のことだ。

 それはオンプレ回帰の「常態化」といえるかもしれない。もちろん稚拙な判断から、クラウド移行すべきでないケースで移行してしまったことで、やむなくオンプレに戻る例もあるだろう。

 しかしそれだけがオンプレ回帰ではなく、サービスの拡大や変化によって、それまで最適だったクラウド環境がそうでなくなるという可能性は常に存在する。その際にオンプレに戻るというのは、健全な選択であり、むしろ望ましいトレンドであると考えられる。

 「生き残るのは強いもの、賢いものではなく、変化できるものだ」という有名な言葉がある。企業をとりまく環境は常に変化を続けている。それに適応する1つの戦略として「オンプレ回帰」を位置付けるならば、前述の「(オンプレ回帰は)CIOが活用できるツールとしてますます価値が高まっている」という主張も、まったく正しいといえるだろう。

【訂正:2023年6月20日午後8時40分 記事末尾の表現を一部修正しました】

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