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IT予算少ないマーケットで伸びる「バーティカルSaaS」 ベンダーの声から探る成長のカギ(2/3 ページ)

» 2023年08月12日 06時00分 公開
[早船明夫ITmedia]

不動産賃貸業界どう攻略? ベンダーインタビュー

 ――イタンジがターゲットとする賃貸不動産業界はどのような業界特性をもっているのでしょうか

永嶋COO: 一般的に、賃貸不動産の契約に当たっては、関係者が(1)物件を所有する「オーナー」、(2)物件の家賃徴収や入退去手続きなどを行う「管理会社」、(3)店舗などで賃貸不動産の案内を行う「仲介会社」、(4)物件の入居を希望する「入居希望者」──に分かれます。

 この中でイタンジは「管理会社」と「仲介会社」に対し、賃貸不動産業務を効率化するSaaSプロダクトを複数提供しています。

 業界では、大東建託などの大手企業もいますが、中小事業者数が圧倒的に多い分散型の市場となっており、従来はITビジネスは入り込みづらい市場と見なされていました。小規模事業者では、経営者の高齢化も進んでおり、業務システムの新規導入に対するインセンティブも大きくありません。ITベンダー側も新規参入が少なく、アナログな領域が多く残っていました。

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 ――確かに私たちが賃貸契約を行う際も、紙の契約書や管理会社に出向いての契約締結などアナログを実感します。賃貸仲介はB2Cビジネスの面もありますが、エンドユーザーの利便性向上といった観点からITは進まなかったのでしょうか

永嶋COO: 実は賃貸不動産市場は、エンドユーザーの声が反映されづらい業界です。不動産契約機会は頻繁にあるわけではなく、ユーザーの体験よりも「契約などの手間を受け入れても良い物件の契約を行いたい」というインセンティブが働く為、契約や申し込み時にもレガシーなやり取りを受け入れやすい傾向にあります。

 一方、不動産業界においては、同業他社の動きを気にする傾向にあります。競合他社が物件をいくらで仕入れ、いくらで売るかなど相場性のあるビジネスを営んでいるためだと考えています。

 その中で、他社は「イタンジのシステムを使ってうまくいっている」とのネットワーク性のようなものが効き、導入に至るケースが多くあります。

 ――現在の成長率とユニットエコノミクスはどう実現したのでしょうか

永嶋COO: 当初は、このような効率性の高いビジネスになる像ははっきりと見えておらず、一般的なビジネス同様に、新規獲得をとにかく伸ばすというようなフェーズから始まりました。

 事業を続ける中で、SaaSメトリクスなどのセオリーが一般化し、「新規獲得のみならず解約率の低下や既存顧客の単価を伸ばす」といった戦略を組み、業界攻略のセオリーのようなものが見えてきました。

 管理会社向けには入居の申し込みシステム「申込受付くん」がドアノック商材となりユーザー数を拡大しました。単一プロダクトのみでは、システム利用料の価格も数千円程度でビジネス採算性も高くありませんが、ここから後続する業務に対してもSaaSを提供することで、顧客単価があがっていきます。

photo 「2023年引越しシーズン(1〜3月)における新型コロナウイルスの賃貸不動産マーケットへの影響調査」リーシング・マネジメント・コンサルティング 調べ

 バーティカルSaaSにおいては、業務全域を面で抑えることができるため、大手のホリゾンタルSaaSもシェアを奪いづらい状況が生じます。

 例えば、一般的に電子契約と言えば、「クラウドサイン」や「ドキュサイン」などが想起されると思いますが、賃貸不動産領域においては、イタンジが提供する電子契約システムも利用されています。

 バーティカル領域では、業務プロセスに対してシームレスに利用ができる事が重要で、賃貸の入居申し込み受付システムを抑えていることで、電子契約システムもイタンジを使うことで利便性が高い状況となり、このような状況になれば粘着性が高く解約率は極めて低い状況となります。

photo 「2023年引越しシーズン(1〜3月)における新型コロナウイルスの賃貸不動産マーケットへの影響調査」リーシング・マネジメント・コンサルティング 調べ

 加えて、システム提供以外でも「ライフラインプロダクト」という、希望する賃貸入居者に向けたウォーターサーバーなどの送客事業も収益貢献しています。

 私たちのサービスが賃貸不動産業務プロセス全般に組み込まれる状況になることで、システム提供だけでなく、商社のように業界に対して必要なモノやサービスが提供可能となっています。

 賃貸不動産業界へのシステム提供だけでは市場性のあるビジネスではないかも知れませんが、修繕など多額の金額が動く業務プロセスに対し価値提供を行うことで、より大きなビジネスに取り組むことができます。

 このような解像度の高いソリューションの提供は、わたしたち自身が賃貸不動産業を営むなどオペレーションを経験するという泥臭い工程を厭わなかったことが原体験となっており、私たちの強みなのかもしれません。

 ――今後、不動産業界に向けてどのような視点をお持ちでしょうか

photo イタンジの永嶋章弘COO

永嶋COO: 不動産業界では就業者の高齢化や若年者層の就業離れといった問題が深刻化しており、今後地方などでは不動産仲介業が立ち行かないといったことも想定されます。

 イタンジが提供している様々なサービスを通じて、非コア業務の効率化を私たちが一手に担うことで、本来事業者の方が取り組みたい物件の選定や顧客とのやり取りなどに集中できる環境をつくりたいと思っています。

 SaaSのようなシステムもそうですが、業界におけるタッチポイントを生かし、あらゆる価値提供を行う、そしてその先にエンドユーザーの体験が大きく向上するようなプロダクトを提供していきたいと考えています。

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