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記者会見が全国民に精査される時代、ジャーナリズムに変化は起こるか小寺信良のIT大作戦(3/3 ページ)

» 2023年10月16日 16時00分 公開
[小寺信良ITmedia]
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質疑応答が荒れる理由

 2回目の記者会見は、来場者は294名、内訳はムービー取材73名、スチルカメラ54名、記者167名となっている。ムービーの人数が多いが、多くは映像と音声の2人チームなので、実質はその半分だと思っていいだろう。

 筆者としては、メディアのどの部署が来ていたのかを問題にしたい。性加害および補償はすでに世界が注目する社会問題であり、本来ならば社会部の記者がもっと詰めるべきである。だが質問の内容を見ると、やはり文化・芸能系の記者やフリーライターが大半のように見える。

 質問として、「東山社長はどう思うか」という問いにはへきえきとした。一般的には、会社社長の「感想」に価値はない。責任者として具体的にどうするつもりか、どう責任を取るのかに価値がある。だが多くの記者が「感想」を求めた背景には、いまだ東山社長をタレントとして見ているという事である。タレントの「感想」は、芸能メディアにとっては価値があるからだ。

 会見はおよそ2時間でネット中継も行われ、誰でもアーカイブで確認できる。ネットでは、メディアの質問内容や態度にいらだちを感じた人も多いが、全編をくまなく見た人は少ないだろう。「ハイライト」だけを切り出したものを見ても、その意見は「ハイライト」の編集者によって誘導されたものにすぎない。「映像編集」とはそういう力を持っているということに、もう少し意識的になるべきだろう。

 これは視聴者だけでなく、メディアにも同じことがいえる。「公正な報道をする」と言いつつ、おもしろおかしいところだけ取りだして編集したら、それは社会記事ではなく芸能記事である。メディアの立ち位置がそこで分かるというか、報道番組の体であっても実態は芸能情報番組であることが自ずと知れるということに意識的になるべきだ。

 記者会見の場で、長々と自説を披露するジャーナリストも多い。これはもちろん、自己を顕示することにメリットがあるからだ。メディアが刺激的な言葉で長々と意見を述べるのは、ネットで中継され、そこが切り取られることを意識している。刺激的なことを言えば、それだけ今後の記事のビューが見込める。

 主催者側におもねる芸能ジャーナリストは、相手に自分を覚えてもらって、今後の取材をやりやすくするという狙いがある。その発言がネットで批判されても関係ない。なぜならば、主戦場は「紙メディア」だからである。「紙」の読者は、ネットの一過性の評判など全く見ていないし、知らない。仮に知っても、信用していない。書籍や雑誌で刺激的なタイトルで煽れば、手に取る人は多いのだ。

 もちろんメディア人としては、悪い意味で世間の名前を覚えられることは、直近の取材では障害になるというデメリットもある。だがネットがない時代ですら「人のうわさも七十五日」なのだ。ネットのうわさが霧散するのはもっと早い。中長期的には、 名前が知られたことのメリットの方が勝る。

 一方でジャニーズ側は、これまでネットへの露出や取材を制限してきたこともあって、ネットで批判されても全くの無反応を貫いてきた。だが今はそのような時代ではなく、ネット上の批判に対してもリスクヘッジが必要だ。NGリストの存在に関して、子供の言い訳のような意味が通じないリリースが早い段階で出てきたのは、コンサルティング会社なしでリリース文を書いたからだろう(編集注:ジャニーズ事務所はその後、NGリストに関する調査リリースを掲載している)。

 記者会見全体がネットで共有され、多種多様な視点からの意見をSNSで見られるのは、事件の全体像を多面的に分析するのに役に立つ。自分1人では気が付けなかった問題に気付くことができるわけで、当然ジャーナリズムにも影響を与える。

 それが高じて深みのある記事が出てくればいいのだろうが、いわゆる「編集長」クラスが変化を否定する傾向がある。各メディアには特性やポジションというものがあり、それを維持することも生き残り戦略の1つだからだ。

 ジャニーズに対する忖度がなくなったのが単なるトレンドや流れであるならば、本質的な変化が起こるまでは相当時間がかかるだろう。そして本質的な変化が起こる時には、もうメディアが今の形をしていない時とイコールである可能性は高い。

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