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イベントの出演者が“実は存在しなかった”──海外の開発者会議が中止に なぜこんな事態に?この頃、セキュリティ界隈で

» 2023年12月14日 08時00分 公開
[鈴木聖子ITmedia]

 12月にオンラインで開かれる予定だった開発者会議「DevTernity」が、ゲストスピーカーの中に実在しない女性がいたことが発覚して開催中止に追い込まれた。IT業界で多様性・包括性が求めらる風潮の中、こうしたイベントの主催者が講演者の確保に苦慮している様子も垣間見える。

開発者会議「DevTernity」で“実在しない女性”がゲストスピーカーに

 12月7〜8日に予定されていたDevTernityは、大物ゲストスピーカーも招かれ、399〜798ユーロ(日本円換算で約6万円〜12万円)という前売りチケットの売れ行きも好調だったらしい。

 ところが11月下旬、講演者として紹介されていた人物の中に、実在しない女性がいることが分かった。

偽出演者の発覚でイベントは中止に

 この問題を指摘したITエンジニアのグレゴリー・オロシュさんによると、DevTernityのゲストスピーカーの顔ぶれをチェックしていたところ「アナ・ボイコ」という女性講演者に目がとまった。「Coinbaseのスタッフエンジニア、Ethereumのコア・コントリビューター」という肩書に興味を持って調べようとしたが、LinkedInでもGoogle検索でも見つからない。Coinbaseの友人に確認したところ、そういう名前の社員は聞いたことがないと言われたという。

問題になった偽出演者(「Wayback Machine」から引用)

 不審に思ってさらに調べた結果、2021年と22年のDevTernity講演者に名を連ねていた「Coinbaseのソフトウェア・クラフツウーマン、ナタリー・スタッドラー」という女性についても、やはりCoinbaseには存在していないことが分かった。

 指摘を受けてDevTernityを主催するエドゥアーズ・シゾフスさんは、問題の女性講演者1人については「実験サイトに掲載されていたデモ人格」だったことを認めた。

 なぜこんな事態が起きたのか。シゾフスさんは「DevTernityで講演する予定だった実在の女性3人のうち、2人が都合が合わなくなってキャンセルしたために、架空の女性が『手違いで』掲載された」と釈明。これが「自動生成してランダムな肩書とランダムなTwitter(X)ハンドルとランダムな写真を付けた人物」だったことを明らかにした。

 この人物は講演者リストから削除されたものの、別の女性講演者についても次々に疑惑が浮上し、主催者に対する批判が強まった。結局、実在する大物講演者も相次ぎ辞退を表明して、DevTernityは中止に追い込まれた。

主催者「謝らなければならないようなことはしてない」

 一連の経緯について主催者のシゾフスさんは「たった1人のランダムな人物がカンファレンスサイトに掲載されただけで、私が15年以手掛けてきたいい仕事が全部キャンセルになった」と不満をぶつけた。「私が受け続けている憎悪やリンチの量は、まるで私が人をだましたり殺したりしたかのようだ。私は謝らなければならないようなひどいことはしていない」と訴えている。

 しかしオロシュさんによれば、偽の女性講演者がいたのはDevTernityだけではなかったらしい。同じ主催者が2024年5月に開催を予定しているJava開発者会議でゲストスピーカーとして紹介されていた「WhatsAppの上級エンジニアでMicrosoft MVPのアリーナ・プロコーダ」という女性も、実在していないという。

 また、21〜23年の講演者に名を連ねていたDevTernity共同創業者とされる別の女性は、大勢のフォロワーを持つ女性インフルエンサーと紹介されていたが、実は男性のシゾフスさんがInstagramなどのアカウントをでっち上げて運営しているのではないかとの疑惑が浮上している

偽の女性講演者をでっち上げた理由

 「偽の女性講演者をでっち上げたのは、大物を招きたいと思った主催者が、多様性の懸念に対応する手っ取り早い方法だと思ったからだろう」とオロシュさんは指摘。「そうした大物は、講演者が男性ばかりのカンファレンスでは講演しない」と事情を説明する。

 実際、DevTernityで講演する予定だったMicrosoftの開発者コミュニティー担当のスコット・ハンセルマン副社長は「私も偽の講演者にだまされた」と告白。ハンセルマンさんはこうした講演を依頼された場合、まず出席者を確認することにしており、包括的な顔ぶれがそろうイベントにしか参加しないと決めているという。

 一方、主催者のシゾフスさんは、以前から講演者の包括性・多様性には配慮していたと強調しながらも、23年は多様性の実現に苦労したと打ち明け「何千ものイベントが、同じ少数の女性講演者を追いかけている」と訴えた。

 だがオロシュさんは、この主張を「安っぽい言い訳」と呼び、「コミュニティーの反応とも強く矛盾する」と一蹴している。

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