この騒動の初期段階では、こうしたことで不愉快になっているのは日本人だけ、アメリカ人は気にしていないという論調も多かった。それは事実かもしれないが、気にする方が間違っているのだとも思えない。
それよりもむしろ、こうした「表現のまずさ」に、芸術やクリエイティブとは直接関係ない沢山の日本人が気づいて指摘したという事実は、非常に重要だと考えている。そこからさらに、なぜ不愉快に感じるのかと分析に進む人、どうすれば良かったのかといった解を探す人が少なくない数出てきているのを見ると、「転んでもタダでは起き上がらない人」の多さが、日本の財産であろう。
この動画が公開される前には、多くのApple社員にもプレビューされたものと思われるが、こうした「表現のまずさ」が大きな問題になるとストップがかからなかったのは、残念である。例えば同じ米国企業のAdobeなら、こうした直接的な破壊的表現を自社のプロモーションとして展開しただろうか。Adobeの破壊的表現に対する見解は、ここで読むことができる。
この違いは、その企業が常時どれぐらいアーティストと近いところにいるか、あるいは社内にどれぐらいアーティストがいるか、というところに現われるように思える。ハードウェアでもソフトウェアでも、アーティストが使うツールを作るのであれば、アーティストの魂、というと大げさだが、心情・マインドを理解するという一面をもなければならない。
私たちは地球の上で、全員が同じ役割を果たさなければならないわけではない。テクノロジーで人類の未来をガンガンに切り開く人達もあれば、文化を熟成させることで人類の発展に貢献できる人達もいる。要するに分担・手分け・パートナーシップの問題だ。
より良い社会とは、こうした役割が正しく相互に理解される必要がある。
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