マルチカメラによるコンテンツ制作は、ライブではスポーツ中継、プロダクションでは音楽コンサートなどで古くから行われていた。それが今回のように、iPadのウリとして紹介されるようになるまでには、結構長いステップがある。
まず2010年前後に世界的なUstreamブームが起こり、ネットライブ配信が大衆化した。最初はネットに詳しい好事家だけのものだったネットライブは、次第にそれを業務化する層が表れた。アマチュアにはできない差別化として、PCや2〜3台のビデオカメラを切り替えるため、これまではテレビ放送以外では使われたことがなかったビデオスイッチャーに注目が集まった。
こうしたスイッチング結果を収録してしまえということから、ローランドのスイッチャーは初期から録画機能が搭載されていた。その後、スイッチング後ではなく入力ソースも全部撮れた方がいいということから、Blackmagic DesignのATEM Mini ISOシリーズが登場した。これはワイヤードでカメラをつなぎ、スイッチャーを拡張してレコーダーとする方向性だ。
一方でネットワーク機能が最初から載ったカメラとして、スマートフォンが注目されたのは結構早かった。ローカルWi-FiにつないだiPhoneの映像をiPad等に飛ばしてスイッチングするという試みは、すでに2011年にB.U.Gの「TapStream」というソリューションがあった。この方法論は手を変え品を変え、何度となく現われている。23年にはTOMODY(東京都千代田区)から「WRIDGE LIVE」というサービスが登場している。
こうした流れが合流した結果、ライブソリューションにはマルチカメラが必須、カメラの台数はスマートフォンでカバーしていく、という方向性が確立されていった。
もう1つマルチカメラに欠かせない技術は「同期」である。共通のタイムコードを供給していないカメラを同時に録画した場合、各カメラの映像の時間軸はバラバラになっている。これを誰がどこでどうやって合わせるのかは、なかなか難しい。
Blackmagic Cameraの場合、マルチカメラそれぞれに収録したものをクラウド上に集めて、それらを素材として編集するというソリューションなので、それほど同期は問題にならなかった。同じ音が入っていればDaVinci Resolve上で同期できるし、別途Bluetoothでタイムコードが送れる「TENTACLE SYNC E」に対応する事で、問題をクリアした。
NABで発表されたDaVinci Resolveのライブマルチカメラ機能は、もともとタイムコードで同期できるクラスのカメラの映像をNASで記録し、そのファイルをリアルタイムで取ってくるという仕組みなので、最初から同期は問題ないというソリューションだ。
Appleのライブマルチカム機能は、撮影時にリモートで色合わせできる、撮影後に改めて編集する、という位置付けのように見える。iPad上で4ストリームを同時に走らせて、スイッチングのように切り替えできるようにするのだろう。
これはDaVinci Resolveのマルチカメラソリューションと同じである。Final Cut Pro 2にも、同様の機能をもたせるということだろう。ただそうなると、Final Cut Pro 2の上で複数クリップを集めて、音声による同期をかけるという、DaVinci Resolveと同じ方法になる。これはまあまあ面倒な作業なので、今より簡単にならなければ、DaVinci Resolveを使っても同じじゃん、ということになる。
本来なら収録段階できちんと同期が取れているというのが、筋だ。このカメラ同期に関してAppleに新しいソリューションがあるなら、改めて注目する価値がある。
考えられるのは、iPhoneはNTPサーバに対して時刻同期しているので、この精度を上げることで実時間をタイムコードの代わりにして同期させるという手法だ。Blackmagic Cameraにも似たような機能があるのでテストしてみたことがあるが、最大で5フレームぐらいずれているので、現状の実装では実用的ではない。
あるいはiPad側がPTP(Precision Time Protocol)のマスターになってiPhoneをスレーブ化するみたいな方法があるならば、かなり革新的だ。ネットワーク経由の同期情報伝送が本格化する可能性がある。
逆にそれほど新しいソリューションもなく、ただ成り行きで撮れるだけというのであれば、それほどイノベーティブでもない。この程度でいいんだ、ということになれば、あっという間に他社も追い付くだろう。
いずれにせよ、これまではサードパーティーに丸投げだった映像制作ソリューションを、Appleがもう一度取り組むというのであれば、業界はかなり面白いことになる。しかし単にM4のパフォーマンスを見せたいためというのであれば、業界からの失望感はかなり大きなものになる。
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