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アニメ「Ave Mujica」制作の舞台裏――監督と制作会社代表に聞く、“圧倒的な内製化”がもたらしたものまつもとあつしの「アニメノミライ」(4/6 ページ)

» 2025年04月18日 11時00分 公開

内製化が生んだ物語へのプラスの影響

――柿本監督が他媒体(※)のインタビューで、「It's MyGO!!!!!」「Ave Mujica」では、アニメーターが演出意図を自らくみ取って監督が期待する以上の表情や演技を表現してくれている、というお話をされていましたが、それが可能になった背景がよく分かりました

BanG Dream! Ave Mujica:柿本監督が明かす、第9話までの制作秘話【インタビュー】 | アニメイトタイムズ

柿本:「It's MyGO!!!!!」の制作の段階で、この体制が構築され、「Ave Mujica」のときには私や演出からのリテイク出し(修正依頼)はほとんどしてないんです。

――そうなんですね!

松浦:これもここまでお話ししてきた改善と並行して進めてきたことなのですが、「サンジゲンの全員が演出家になる」というコンセプトも打ち出しています。

柿本:制作スタッフ全員が演出意図を理解して、それを絵に反映できるようになっていること、そして演出、脚本をはじめ全工程のスタッフが社内にいるようにしているのが、サンジゲンさんの強みですね。(※アニメスタジオの多くは工程の多くを外注に頼ることが多い)

松浦:全工程の内製化をすすめたのは「It's MyGO!!!!!」の制作のころからですね。

柿本:立ち上げの時に、ワークフローの洗い出しをしていた時に、松浦さんの方から絵コンテ(脚本に基づいて映像全体の流れや各シーンの構成をラフに示したもの)サンジゲン社内の3Dアニメーターの方にお願いしたいと話を頂いて。先んじて絵コンテの基本知識を共有するワークショップ的なものを社内でやらせてもらいました。実際にこのシステムが稼働すると、ある意味コンテを切る(描く)という工程がなくなったんです。というのも、普段手書きのコンテをもとに3Dソフトでカメラを置く、レイアウト(正確な画面構成)作業という工程があるのですが、元からアニメーターが3Dソフト内にカメラを置いてコンテを切ると、それはそのままレイアウトを切っているのと同じことになるんです。いわば、レイアウトを並べたものがコンテになるというわけです。

――以前の別作品のインタビューでも「コンテを切らなくてもよいのではないか」という話題が上がっていました。フル3DCGアニメだと本当にそれが可能になるわけですね

柿本:時間とお金の節約にもなりますしね(笑)。

 でもこれが効果てきめんで、手描き作画アニメの場合、アニメーターは「カッコイイ絵」を追求するが故に空間把握がおろそかになる面もあるものなんですが、3Dレイアウトなら実際に空間にキャラクターやオブジェクト、カメラなどを配置していろいろ試せるので、イマジナリーライン(撮影や演出のルールの一つ。視聴者に空間認識を分かりやすくするために仮想の線を設け不自然な視点の切り替えを避ける)の習得なんかも早い。

 脚本開発の段階で、設定制作(作品の世界観やキャラクター、メカなどのデザインを詳細に決定するスタッフ)が動いて、「この建物は絶対でてきますよね? 動かさなくてもよいですよね?」と僕に確認を取ってくれて、「はい……(おそらく)」と答えると3DCGスタッフと共にレイアウトの制作をはじめてくれます。脚本が完成する時点で、レイアウトを切るためのモデルは用意が整っているわけです。

松浦:3DCGコンテをどうやって作るかも、だいぶ議論を重ねましたね。やっぱりアニメーターに考えてもらいたいよね、僕たちらしいやり方を追求したいよね、と。

柿本:やりましたね。最初僕もちょっと戸惑いましたけど、いまは「これじゃないと嫌だ」くらいの感じになってます。他の人が手描きで描いたコンテにもう修正入れたくないです(笑)。僕が○とかの記号でアタリを用意しておけば、3Dレイアウトができてくるのはホントありがたかったです。

松浦:さらに3Dレイアウトで切ったコンテに対して監督修正ってなかったですから。普通はそれだけで1週間くらい掛かるもんですが。「Ave Mujica」についてはそれがなかったです。

柿本:でしたね。おかげで「カッティング(カット割りを決める作業)中に、コンテを修正する」というスキルを僕は手にいれました。すごく疲れますけどね(笑)。効率は圧倒的です。

松浦:カッティング作業日に必要に応じてコンテも修正できちゃう。コンテを切ったCGディレクターが作業には同席しているので、「ここはこんな感じに」と伝えれば、そちらもあとでちゃんとした3Dモデルにしてくれる。全体でみれば2週間ほど前倒しにできるので効率はすごくあがってます。

柿本:カメラワークについても、全てを正しい位置に配置して上から見るようにすれば、画面上でラインが見えますからね。結果「Ave Mujica」ではイマジナリーラインの間違いをアニメーターに指摘する必要も無くなりました。キャラクターに対するカメラの寄り/引きもすごく考えてくれるようになりましたし、この変化はディレクションにも生きてますね。

松浦:3DCGのディレクターって、技術的な素養がまず求められるので、演出よりも技術を重視する場面が多かったと思うんです。でも、ディレクターって本来は演出家であるべきなんですよね。だから、それまでは外部から演出家を招いたりもしていたのですが、いやこれからは社内のディレクターが演出になるんだよ、コンテ(3Dレイアウト)も切るんだよ、って、もちろん混乱もありつつも発破をかけています。

――フル3DCG、かつ制作機能の内製化が進んだことで、各工程の担当者が自分の「作業」をこなすだけでなく、物語全体のクオリティー向上に取り組む体制となったわけですね

圧巻のライブシーンも仕事の透明性から生まれた

キャラクターたちのさまざまな思いが交錯しつつ迫力あるライブ映像が続く

――#10のライブシーンは私もリアルタイムで見ていて正直しびれました。ライブ映像としてのクオリティーの高さはもちろん、フル3DCGならではの現実ではできないカメラワークがあり、しかも演奏中に物語が同時進行していく。これはすごいモノを見ていると感じました。どうやってこの映像が生まれたのか、知りたい人は多いと思います

柿本:カメラワークについては曲や担当するアニメーターによりけりなのですが、基本的に楽曲が完成したらすぐ演奏のモーションキャプチャーを撮っています。その段階でキャラクターそれぞれの動きに対する演出はまず完了させています。次に、そのモーションのついたキャラクターモデルをシーンに持ち込んで、観客も置き、それらが動いているものをカメラで撮っていく――先ほど説明したようにCGディレクターがコンテを切っていきます。つまり「本当にライブを撮影している」のと同じように作業している形です。

松浦:何も無いところからいきなりライブシーンのコンテを切っているわけではない、というのがポイントですね。ステージ上に1曲まるまる演奏している=動いているキャラクターたちがいて、それをみながらカメラワークを検討していくことになるのです。

――いろいろ試しながらベストなものを決めることができるわけですね

柿本:もう1つのポイントは「曲のなかにドラマを持ち込んだ」というところです。これは「It's MyGO!!!!!」「Ave Mujica」での新しい試みでした。(ライブシーンのコンテを切る)演出家(CGディレクター)のなかで「これは絶対に見せたい」というものが出てきたとき、それを映像としておさえられるようになった。演出上の狙いと脚本コンセプトがうまく交わったのがあのライブシーンですね。メンバーがどちらを向いているか、メンバーと視線を合わせるか、あえて合わせないか、といったことについても細かくモーションアクターさんにお願いしています。コンテ担当には「ここはこういう風に撮ってください」というポイントは押さえてもらうようにも指示しています。

松浦:バンドリ!をはじめたころは、いろんなライブ映像をみて勉強しつつ、「こんな感じだよね」というところからでしたからね。歌詞のこの部分はこの子を見せようとか、ライブの中に物語も入り込ませられるようになったというのは、すごく進化したなと思います。

柿本:必要な指示はこちらで入れるのですが、ネット上で話題になっていた「初華が十字を切ると背景のモニターにAve Mujicaのロゴが現れ、悪魔の羽根が生えたように見える」という演出は、僕が当初想定していたものではなく、複数のセクションの合わせ技なんです。

Ave Mujica #10より ©BanG Dream! Project

――そうなんですか!?

柿本:まずあの振り付けを考えてくれたモーションアクターさん。彼女がリハで曲のサビのところで十字を切る動きをしてくれたんです。そこで絵コンテの設計を元にアニメーターが後ろにモニターが通るようにカメラを仕込んでくれた。その後、グラフィックアーティストがちょうどいい位置とタイミングで羽の形のロゴのアニメーションを作ってくれたんです。

――うわー!

松浦:モーションアクターの皆さんはミュージシャンでもあって、曲をコピー(演奏)できるようになってから現場に入ってくれています。初華を演じてくれた彼女は、アニメ「BanG Dream! 2nd Season」からずっと関わってくれていて。

柿本:「ここは開放弦だから、こっちの手が使える」とかも振り付けとして提案してくれますからね。「KiLLKiSS」の“completeness”で初華が印象的なしぐさをするのも、アクターさんからの提案です。また、これも気がついてくれていた人がいましたが、海鈴と睦で回り方が違うんですよね。睦を演じてくれていたのはバレエの経験もあるアクターさんで、睦の動きにバレエの動作を取り入れてくれました。

 照明や撮影のスタッフも、社外のスタッフも含めて、皆作品へのモチベーションが高く、お互いがそれぞれの仕事をよく見ています。全てを指示に基づいてやっているというのではなくて、誰が何をやっているのかの透明性が高いし、物語への理解度も高いため、都度のアドリブも加わってさらによい映像になっていくんですね。関わってくれているスタッフの数だけ、物語の重厚さが増すといいますか。アニメ「2nd Season」からの蓄積がよく生かされていますし、「It's MyGO!!!!!」「Ave Mujica」でまたさらに現場スタッフのレベルが数段上がった感があります。

――10年の時を重ねた成果でもあり、地道な改善の効果が生まれているのが、映像や脚本や演出の世界だけにとどまっていないわけですね

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