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アニメ「Ave Mujica」制作の舞台裏――監督と制作会社代表に聞く、“圧倒的な内製化”がもたらしたものまつもとあつしの「アニメノミライ」(5/6 ページ)

» 2025年04月18日 11時00分 公開

分散型のアニメ制作を可能にしたITインフラ

――3DCGによるアニメ表現の向上、内製化も通じた仕事の透明化などさまざまな改善が行われていることがよく分かりました。一方で、サンジゲンは東京では杉並・立川・台東の3箇所、そして京都、名古屋、福岡、金沢、神戸にも制作拠点を構えています。地方にも分散しているなかで、これまで伺ってきたような制作・改善が行われているのか、コミュニケーションの面が特に気になります

松浦:サンジゲンはデータベースの開発を精力的に進めてきました。どのスタジオにいても全員同じ仕事ができる環境を整えています。データベースを通じて、発注、納品、チェックなどあらゆる作業がオンライン上で完結しています。

サンジゲンの制作スタジオには会議室がないのも特徴。中間素材のやりとりやコミュニケーションは全てオンラインで完結させることをモットーとしている。またローカルで作業するとデータ量が大きくなりがちな撮影作業については、シンクライアント端末を用いてサーバ上でデータを編集する手法がとられている

 セキュリティの観点からデータベースへのアクセスは各拠点内からに制限していますが、拠点からであれば場所を意識することなく作業できます。打ち合わせも会議室を無くし、自席からオンラインで打ち合わせを行うことを基本としています。社内で紙資料を用いることもなくなりましたね。

――コロナ禍でアニメスタジオのDXは進みましたが、かなり先を行っているような印象ですね

柿本:僕自身も実際に映像のプロダクションに入ってからはリモートの方が助かりますね。作業している画面をそのまま共有してもらって、直接指示を出しながら確認ができるので。ただその前段階、脚本会議だけは会議室を用意してもらっています。何も素材がない、ゼロから話し合って生み出していくので、互いの表情やしぐさなどのリアクションも確認しながら進めていかないといけませんので。それ以降の工程はやはりオンラインが効率が良いですね。

 制作さんがあらかじめ用意してくれた成果物を見ながら、ペンタブで直接書き込みながら指示を出せます。会議室で口頭でニュアンスを伝えていた頃のような、例えば服の裾のことが袖のことだと誤って伝わってしまうような齟齬が無くなりました。対面よりもむしろオンラインの方が、より近くで作業してるような感覚があります。

松浦:それが全て録画されて共有されているのも大きいよね。

柿本:そうですね。アニメーターが脚本会議の録画を見て、自分が担当しているカットの演出意図を確認しながら作業していたりもします。6時間くらいある録画映像をBGMのようにしながら(笑)。

――アニメの制作現場で相当気を配らないといけないのが、コミュニケーションとニュアンスで、またそれがトラブルの元になったりもするのですが、オンライン化によってやはり改善されているわけですね

柿本:一般的なアニメ制作では、原画の作業に入る前に「作打ち(作画打ち合わせ)」と呼ばれる会議を、演出と各カットの原画担当者で行って演出意図を共有しますが、サンジゲンでもそういった会議は持つものの、ディレクターに対して僕から絵で示すことはしませんね。絵で伝えてしまうと、どうしてもそれをなぞってしまうことになりがちなので、ディレクターに考えてもらうように指示を出します。

松浦:考えるの、大事です。

柿本:アニメの仕事は集団制作で、かつ分業化されているわけですが、自分の仕事はここだけ、あとは外の別の人の仕事、とそこしか知らずに作っていると、いざ考えて作ろうとなったときにソースがないために、もらったコンテだけを頼りに勘でやっていくことになりがちなんですね。でもサンジゲンでは、オンラインで制作を介して僕に相談してもらうこともやりやすいですし(※一般的にアニメ監督は複数の作品をディレクションするケースも多く、1つのスタジオに終日詰めてはいないこともある)、ディレクターとアニメーターがバーチャルオフィスを用いて相談しながら作業を進めたりもしています。

――バーチャルオフィスですか。アニメスタジオで採用している例ははじめて聞きました

松浦:サンジゲンではMetaLife(メタライフ)を使っています。

MetaLifeをもちいたバーチャルオフィス。右側のキャンプ場のようなスペースが松浦社長の「部屋」となっている

 全国に制作拠点が現在8つあるのですが、ヴァーチャルオフィスでは1つの建物に入っているイメージです。先ほどのデータベースとあわせて、コミュニケーションもどの拠点にいても気軽に声をかけられるインフラとして用いています。

柿本:アニメーターとディレクターが「何時にヴァーチャルオフィスで相談させてください」という具合に、やりとりしてたりもしますね。

――制作を円滑に進めるインフラがよく整えられていることが分かりました。制作拠点が分散していると、どの作業をどこの誰が担当するか、作業の平準化や進捗管理などマネジメントが難しくなりがちですが、その点はどうされていますか?

松浦:「It's MyGO!!!!!」「Ave Mujica」より前は、通常のアニメ制作でも一般的な制作進行(各話に原画などのスタッフを確保し、納品までの素材や進捗の管理を行う職種)をおいていましたが、現在は制作進行とは別に、「制作管理」というセクションを私の直下に置くことにしました。そこが予算・工数・タスク配分を全作品について監督する体制です。

 それにともなって各制作拠点の制作進行は、制作管理から配分されたタスクと工数のもとで進行管理だけを行う方針に切り替えています。制作管理はカット毎の工数を割り出して、どの拠点のどのディレクター配下のラインにそれを配分するかを綿密に検討し、工数がオーバーしている場合には即座に対応を図るように動きます。

今回の取材が行われたのはこちらも話題となった「Ave Mujica」#11の朗読収録が行われた部屋。物語の核心が印象深く語られる回があの形の映像となった一因には制作管理からの「制作リソースが厳しい」という報告があった

柿本:バンドリ!シリーズなど、サンジゲンでは制作実績が積み上がっているので、正確に工数のシミュレーションができているという印象がありますね。

――一般的には監督や演出が、どのラインにどのカットを任せるか差配することが多いと思うのですが、サンジゲンではそうではない、ということですね

松浦:どのラインが担当するかは制作管理が担っていますね。

柿本:そのうえでラインのなかでの素材・進捗の管理は制作進行、クオリティーの管理はディレクターという役割分担ですね。サンジゲンでは「あの人はアクションが得意だから」という具合には決めていなくて、先ほどのスペシャルカットのように「誰でもできる」のが前提で、いざ制作管理からタスクが降りてくれば、得手・不得手は関係無く「やらないといけない」というのが基本です。もちろん「このカットは重要なので優先してやろう」というのは各ラインの判断なので、そこはディレクターの裁量ですね。

松浦:うまい人だから早い、という風にはなってなくて、「一定レベルのサンジゲンのスタッフであればこの工数でできる」というのが基準になっています。もちろん、いろんな事情でその工数で収まらないこともある。それがダメだ、ということではなくて、即座に対応策が取られてスケジュールが守られること、スキル向上や改善が必要であればそのための対策が取られることが重要なんです。いずれにしても制作管理は人のスキルや事情、クオリティーを見ているのではなくて、あくまでプロジェクト全体を数字で管理することに特化してもらっています。

――大規模なITプロジェクトにおけるPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)のような存在ですね。それだけの規模・体制があってこその作品であるということもよく分かりました

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