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「手垢のついたテーマだけど」──生成AI時代のいま「楽園追放」新作で描くこと 水島監督インタビューまつもとあつしの「アニメノミライ」(1/4 ページ)

» 2025年06月15日 11時00分 公開

 3DCGアニメの歴史のなかで、マイルストーンの1つとなった作品が2014年に公開された「楽園追放-Expelled from Paradise-」だ。フル3DCG表現にまだ抵抗感があった時代に、キャラクターとアクションの魅力に注目が集まり、興行的にも異例のヒットとなった。

「楽園追放 心のレゾナンス」

 その楽園追放の10年ぶりとなる続編制作の発表に驚いた読者も少なく無いはず。なぜ今なのか? 何が描かれるのか? 10年という時間的ギャップをどう乗り越えたのか? 前作に続き指揮を執る水島精二監督をはじめ、プロデューサー、制作スタッフの皆さんに詳しくお話をうかがった。

10年ぶりの続編制作決定の舞台裏

――まずは「楽園追放 心のレゾナンス」の制作が決まった経緯を教えてください。

水島:実は前作が完成してすぐ、10年前から続編の話は出ていたんです。試写の評判も上々で、「これは続きを作るしかないのでは」と周囲が期待を持った感じでした。ラストシーンでアンジェラとディンゴがトレーラーの中で笑顔で会話していますが、そこで「アリだな」と思った方は多かったんじゃないでしょうか。ただ、あのカットを入れるか入れないかは、東映アニメーションの野口プロデューサーと最後まで議論になったんですよ。

水島精二監督(写真:山川晶之)

水島精二:アニメーション監督、音楽プロデューサー

主な監督作品に「鋼の錬金術師」「大江戸ロケット」「機動戦士ガンダム00」「コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜」「D4DJ」など。現在「アイゼンフリューゲル」(総監督)、「楽園追放 心のレゾナンス」(監督)を制作中。

 前作は上映館は少なかったんですが、興行成績が好調で、上映期間中に東映アニメーションの野口プロデューサーから「会社としても続編を作るべき」という話が出ていると聞いたんです。ただ、「テレビシリーズで、CGではなく作画で」という案もあり「絵の表現面などディティールのクオリティーのコントロールが難しいので、それは嫌だ!」と(笑)。僕としてはレベルダウンする事なくCGで続編を作りたかったんです。

 そこからずっと、続編の話は継続していました。とはいえ、まずはこの企画の根幹である虚淵玄くん(ニトロプラス)の脚本は外せない。彼が行けると確信を持たないと始まらないなと。でも、彼と話していると「一度完結した物語だし、『楽園残響―Godspeed You―』(大樹連司氏による続編小説)もあるし、それをアニメ化したらいいんじゃないか」と言われたりで、彼的には書き切った、と感じている印象でした。

 でも、野口プロデューサーも「どうしても虚淵さんに書いてほしい!」と。そこで僕の方が虚淵くんと別件で連絡を取ったり、プライベートで会ったりする機会に、年1回くらいですが「続編、どうですか?」と打診していたんです。でも、いつも「『楽園追放』以外の話なら思い付くんですが(笑)」という反応で......。それを野口プロデューサーに伝える、みたいなやりとりが長らく続いていました。

 何となく企画は続いてますよ......続編とか何かやりましょうという状態で、アニメ業界的には良くある話で、年に1、2回ご飯を食べたりしながら、話は出るんだけど、企画として成立するのかな、という状態にあった、その中の1本という感じですね。

 具体的には20年の2月にそういう話が出てきて、ニトロプラスに集まって5月にはプロットが上がっていたので、虚淵さんが「いける!」って思っているなら「そのアイデアに全乗りでしょう」っていうことで始まりました。時間経過を経て作品規模的に前作の3人――まあ、1つはAI搭載ロボットですが(笑)――というシンプルだったキャラクターの配置も膨らませられるし、前作に連なるアンサーもわれわれが引き続き提示したいテーマも示すことができる。3DCGの映画を作る際のボリューム、あらたなファクターを加えつつ、あらゆる面でパワーアップできる、という確信が彼の中でもあったんだと思います。

中央に水島精二監督、その右に虚淵玄氏・野口光一プロデューサーが並ぶ(24年11月の舞台挨拶より)

――26年に公開を控え、まだ具体的にどういった物語か、という点はまだお話頂けないとは思いますが、1つ注目ポイントとして、キャラクターやその拡がりが挙げられるということは伝わってきます。

水島:前作とおなじテーマをキャラクターを置き換えてやるというのは、あまり意味がないとは思っていて、新しくて、それでいながら楽園追放であるというところはしっかり守れるんじゃないかなと――まだ試行錯誤中ですがそんな思いで制作を進めています。

 試行錯誤、という点では、続編制作のティーザーPVや先日(リバイバル上映が開始された24年11月16日〜)公開された特報でも、本編と遜色ないクオリティーを確保しつつ新規キャラクターも二人登場させる中、技術的なトライアルをいろいろやっています。

25年1月に公開されたティーザーPVでは、実写撮影した吹雪をCGのように見せるトライアルが行われた

――キャラクターの魅力も前作の大きな成功要因だったと思います。今作では監督のこだわりなどはありますか?

水島:CGならではの進化という意味では、フェイシャル(表情)に注目してほしいですね。10年の間にツールや手法が進化しているので、前作よりもさらに繊細で豊かな表情を描けるようになっていると感じています。もちろん、アニメーターがどこまでモデルを調整して良い絵に仕上げてくるか、というセンスも重要です。

 僕は作画アニメ出身なので、キャラクターの表情は、その子の性格や心理状態に合わせて、丁寧に作り込みたいんです。コミカルなシーンでも、その子の性格に合った表情や動きを大切にしています。ですから、記号化されたありがちな表現はまずしないと思います。そういう意味で10年前の表現から大きく外れることはありません。進化した点は、ツールが洗練されたことで、以前は手作業で調整していた部分が、アニメーターやモデラーがより細かく制御できるようになった事だと思います。短い時間で、より質の高い表現に到達できるようになっているなと。

 実は、ルックの方向性を変えるという案もあったんですよ。スタッフ編成を試行錯誤する中「ゲームの『戦場のヴァルキュリア』(08年)みたいなイラスト調の絵もいいんじゃないか」って提案があり、それは面白いかもと僕が乗っかり実際にテストショット的な物も作ったのですが、野口プロデューサーが「うーん......」って悩んだ後、「やっぱり前作と同じで」って(笑)。

 その時点の出来で、その方向でブラッシュアップして、海外作品をしのぐルックに行き着けるか、は未知数でしたし、東映アニメーションって、基本的に保守的なんです。大きい会社だから、新しいことに挑戦するよりは、安定した路線を選びたがるんですよね。でも、それはリスク管理を考えれば当たり前で理解できます。続編としてのつながりや、進化した部分を見せるには、前作のセルルックを継承しつつ、質感などをアップデートしていく方が良いと、当たり前の判断したんだと思います。僕が新しい事をしたがるだけで(笑) なので、僕は「分かりました」と。

――アニメーターとキャラクターのフェイシャルを巡って「もう少しこうだろう」となったときに、前作だと細かい表情は3Dで出力した後に手で直していましたが、今作でもその手法そのものは変わらないわけですね。

水島:ええ、その通りです。キャラクターの表情は感情表現として重要なので妥協するつもりはありません。絵コンテで方向性を示しているので、アニメーターたちも、もしフェイシャルデータだけではうまくいかないと感じたら、自発的に修正してくれます

――CGからみる作画の課題は後ほどまた詳しく伺うとして、楽園追放といえばアーハンをはじめとするメカ周りがどうなるのかも気になるところです。ロボットアニメを数多く手掛けられてきた監督は本作ではどのようなところに拘りますか?

水島:一番大きく変わったことについては、まだ言えないですね。メカじゃないところでも、人の手によるものではない「何か」をやっているんです。それもまだ結果が見えていないし......やっぱり言えない(笑)。

 主人公側が操るメカ(アーハン)は前作のアーハンを丸ごと使っていますが十年分の技術的進歩が盛り込まれてます。他のメカのデザインも、前作から地続きの世界観を意識した新デザインです。メカの運用方法やアクションに関しても、10年分の技術の進歩を反映させています。前作と同じモデルをそのまま使うのではなく、全てリファインして、最新の技術で動かしています。ただ、アニメーション自体の外連味(けれんみ)は、言ってしまえば変わっていません。登場するメカの数が増えたり、前作ではシナリオ上の要請がなかったので作れなかったシチュエーションを今回はリッチにやっています。

 新たな技術を投入しようとしていたりもするのですが、「このままではハマらないんじゃないか?」みたいな話もあったりもして。実はそのあたりは、ずっとテストしてもらっているんですが、最終的には手作業になるのかもね、なんて話も出ています。「でも、もしそうならもうそろそろ決めてもらわないと現場的にやばいよね」みたいなことにもなっています(笑)。

 そういった実験はしているけれど、実際にどれくらいフィルムに反映されるかは分からない。ただ、僕たちが過去にやったことのないプロセスで、意外な表現に挑戦したいと思っています。もちろん、物語上それが定着するようにですが。

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