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「手垢のついたテーマだけど」──生成AI時代のいま「楽園追放」新作で描くこと 水島監督インタビューまつもとあつしの「アニメノミライ」(3/4 ページ)

» 2025年06月15日 11時00分 公開

CGアニメが浮き彫りにするアニメ業界の人材問題

――作画アニメではレイアウトを描ける人が足りないというのはよく聞きます。業界全体の課題ですね。

水島:特に最近は、3Dを使える人が増えてきて、レイアウトも補助的に3Dで作るようになってきています。そうなると、作画担当者がレイアウトを描かなくても済んでしまうケースも増えます。すると、そういった作画担当者はレイアウトを描く能力がどんどん低下していってしまう。

 アニメーターの中でも、「キャラクターを描きたい」という人も多いんです。だから、3Dでレイアウトを用意してもらえると楽なんです。でも、本当は空間把握のセンスを身につけないと、味気なかったり、まとまっていないひずんだ絵になってしまう。そこの技術やセンスを身につけないと、説得力のある作画には結び付かないんです。

 そういうスキルを学ぶには、良い師匠につくとか、周りにうまい人がいて、その技を盗んでいくしかない。最終的には独自のセンスに因るので、教えられるものではないんですよ。僕もこうやって口では偉そうなことを言ってますけど、実際の絵としては全然描けません(笑)。でも、ありがたい事にうまい人の作り出す映像とそのプロセスをたくさん見て来れたから、うまい絵と下手な絵は見分けがついちゃう。

 だからと言って、僕自身が下手な人をコントロールしてうまい人のレベルまで近づけられるかというと、それは無理です。

 つまり、演出をしていると、常に「うまい人にどうやって参加してもらうか」というジレンマに直面するんです。昔は同世代の優秀なスタッフがたくさんいて、みんなでワイワイ言いながらガーッと勢いで作品を作っていました。でも、彼らはもうベテランになってしまってメインスタッフとしてそれぞれの現場を引っ張る立場にある、僕自身もキャリアを積んでしまったので、若い人たちは僕に遠慮してしまうこともあるでしょう。そうなると前と同じ感覚では作れなくなったなと実感します。だから若い人たちだけで新しいと感じる面白い作品を作っているのを見ると、うらやましいし輝いて見えます。その映像のアプローチにも、世代間ギャップを感じますね。

 キャリアを積む中で制作がだんだん難しくなっているな、と思っていました。でも、楽園追放で3DCGを使ったときに、レイアウトやキャラクターの演技などを分業制で制作することで、逆にコントロールしやすくなることに気づいたんです。3DCGでの制作は、僕に向いているやり方なのかもしれない、と当時思いましたね。

――レイアウトという観点だといかがでしょうか? 庵野監督がモーションアクターやスタッフの方にいろんなカメラアングルを試してもらっていたのが印象的だったのですが

水島:庵野さんはあのやり方を試したかったんだろうなあ、と感じました。その徹底っぷりにここまでやるのか!」と驚きました。庵野さんのこだわりを見ていて、庵野さんはもう自分で思い付くアニメ的なレイアウトは全部やり尽くしたんだな、と感じました。アニメとしての外連味とか、レンズの使い方とか、全てを極めたんだと思います。

 アニメーションならではのダイナミズムって、正確に数値化できるものではないんですよね。やはり個人の生み出すセンスの塊なんです。そういったセンスあふれるアニメーターが挙(こぞ)ってこそできることなんです。

 庵野さんはご自身でカラーを立ち上げて自分の作品を作っているわけですし、エヴァンゲリヲンですから、これまでとは違ったアプローチで新しいことに挑戦しなければならない気持ちがあったんだと思います。それにしたったあの方法論はすごいですよ。僕には逆立ちしても思い至りません。しかも「すごいな、これで映画を作るんだ!」とメイキングを見て思っていたら、結局ほとんど使っていないと聞いて更に驚きました(笑)。それでも、あれを実際にやったということが庵野さんにとっては重要で、そこから何かが生まれたのは間違いないと思います。

 本当に僕ら凡人には到底思い付きもしないし、かかる予算を考えたら...(アニメなのに)あの規模のミニチュアを作っていましたからね。本当にすごいです。

 (参考:「EVANGELIONミニ人類補完計画」in スモールワールズのプレスリリース

――3Dレイアウトについては、最近SNS上で「正確すぎて良くないのではないか」という意見も見られるようになりました。

水島:そこもセンスですね。レイアウトの決め方、極端な例だと、レンズのひずみを意識した加工ができるかどうか、とか。楽園追放は3DCGでレイアウトを作っていますが、「レイアウトがきつい」なんて言われていません。SNSでよく話題になるのは、カメラの置き方、アングル、レンズ、つまりは幾万とある実写映像や人の見た主観のイメージを把握せず、漠然と絵面を作っていくと中途半端な絵になってしまうということです。それはレイアウトを決める人のセンスの問題なんです。

――カメラの知識を備えた作画担当者が減っているということでしょうか?

水島:というか、普段自分が見ているものに対する意識が薄いんだと思います。演出に限って言えば、アニメーター上がりの演出家や監督は、その意識を持っている人も多く、必要な絵作りの為のアングルやレンズは安定しています。そういう人が管理していれば大きな問題にはならないですが、それでもキャラしか興味がないと散々です。更に最近は、テレビシリーズでも3Dレイアウトを使うことが多くなっていて。3Dレイアウトはうそがないですからね。漠然と配置しても何となくそれっぽさは出せます。そうなるとレイアウトを決める演出のセンスに左右されて、その演出にセンスがないと、微妙な、おかしな絵になってしまう。

 つまり、良い作画スタッフが育っていないのと同様に、演出も育っていないんです。作画もそうですが、演出もレイアウトを切れない人が山ほどいます。良いアニメーターと一緒に仕事をするとか、自分なりに「この人のレイアウトかっこいいなあ」というところからセンスを磨いていかないと、絵心がないままフワッと演出になってしまったりするんです。それでも結果的に良い作品になっているとしたら、それは(演出ではなく)だいたい作画監督の力です。

 アニメ業界って、人を育てるプロセスが欠落していると感じます。レイアウトに限らず必要なスキルを身につける力を育てるような教育がしないまま、いきなり実戦投入されてしまっている。センス以前にそう行った必要なスキルを身につける為に、「先達の背中を見て盗め!」という根性論ではなく、統計立てて育成するシステムをスタジオ単位ではなく業界全体が考えないといけないですし、その方向には進んでいるとは感じます。が、作品数が増える中でなかなか追い付いていないのが実情。

 制作的には慢性的な人材不足が叫ばれる一方で、海外配信の影響もあって日本のアニメーションへの注目は高まる一方で、ビジネスサイドではスポンサーを集め、企画を成立させる力を持つ企画プロデューサーはたくさん育っていて、受け皿である制作スタジオを常に探している。そのビジネスに乗って小さな会社が野心を持ってその仕事を受けたり、その為に新しい会社が設立され、結果、作品数が増える。別に業界全体で横のつながりが強い訳ではないので、蓋を開けてみると思った以上に人が集まらない。でも作らないといけないのでチャンスを与えるという大義名分で多少スキルに不安があってもどんどん起用する。監督、キャラクターデザインに限らず、各話の作画監督や演出といった作品の要のスタッフもそうなってます。

 僕から見ても「え? あの人が? 大丈夫なの......?」と思っている人が、あるときポンッと要職になって、作品を見てみたら散々なものになってしまっていたり、一緒の作品を作った人で、この人ならすごいフィルムが見られそうだと期待していた人が現場に恵まれず心が折れたり病んでしまったり。コロナの影響や世代感ギャップもあり過渡期だと思いますが、スタッフの確保や労働環境整備、クオリティー管理は難しくなっていると思います。

 10年くらい前に、僕が「アニメの本数を半分にすればいいのに」とTwitterで呟いたことがありますが、今でも何年かごとに引用RTなどで話題になりますからね。

――先ほど、CGだと工程が比較的整理されていて、リテイクも効率的に行えるというお話がありました。作品数が増えた中で、CGで作ることの意味は10年前に比較してもさらに重くなっているように感じます。

水島:作画の場合はアニメーターの個人スキルに依るところが大きくて、上がってきた内容に対して、自分が思っていたプランに合わない場合は「うーん??」と解釈を曲げながら、シークエンスで意図的に納得できる形に調整していくようなアレンジ、そんな頓知のような作業が多いんです。

――頓知、ですか(笑)

水島:はい(笑)。さも最初からそう思っていたかのように、調整してしまうんです。でも、どうやってもそこで描くべきこちらの意図に合わない場合は、リテイクとしてアニメーターに戻します。あるいは、作画監督に「助けて!」と泣きついて、ラフを入れてもらうこともままあります。絵コンテからの読み取り能力や、アニメーターがそれを理解して描いているかどうかで、結果は全然違ってきますね。

 一番の問題は、時間なんです。そもそも、アニメーターにリテイクを出すのを制作が嫌がったりもしますから。そこを演出がキチンとコントロールしないと、作画監督が絵コンテから独自に読み取った情報を元にその人のセンスでなんとかするしかない、ということになります。皆が見るのはその結果の映像ですから、そのプロセスを知らずに出来上がった作品を何度か見ると、「この演出、いいじゃん!」なんてことになってしまう。いや、その演出、何もやってないんですけどね!(笑)

 逆もあって、演出がめちゃくちゃいい絵を入れて、しかも作画上がりの人だったりすると、作画監督修正みたいなものも入っていたりする。すると、作画監督がただそれをなぞるだけだったりしてほぼ仕事をしていないのに、「あの作画監督、すごいな」ということになってしまう。

――CGだと、工程と役割分担が比較的明確ですよね。

水島:そうなんです。CGアニメーションの制作はシステマチックというか、ファクトリー化されている。皆が同じモデルを使い、同じツールで絵作りをするので個人技によらない部分が大きい。ですので作業に於ける責任の所在が明確なんです。だから、分かってくるとやりやすいですね。

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