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父親の脂っこい食事、“精子を介して”子どもにも影響 肥満・糖尿病リスク向上 2024年に研究発表ちょっと昔のInnovative Tech

» 2025年09月08日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

ちょっと昔のInnovative Tech:

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。

X: @shiropen2

 ドイツのHelmholtz Zentrum Munchenなどに所属する研究者らが2024年にNature誌で発表した論文「Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs」は、父親の食生活が精子を介して子供の肥満や糖尿病リスクに直接影響を与えるメカニズムをマウス実験で解明した研究報告だ。

父親の脂っこい食事、“精子を介して”子どもにも影響

 研究チームは6週齢のマウスに脂肪分60%という高脂肪食を2週間与え、その精子と子孫を詳細に分析した。その結果、父親の高脂肪食により生まれた子のマウス(雄の子の約30%)で血糖値調節機能の異常とインスリン抵抗性を確認した。

父親が高脂肪食を摂取した群(eHFD)の雄の子孫の一部(青枠のHFDi)のみに糖不耐性を確認

 なぜこのようなことが起きるのか。鍵となるのは精子の中にあるミトコンドリアRNA(mt-tRNAとその断片mt-tsRNA)という物質だ。ミトコンドリアは細胞のエネルギー工場のような働きをする小器官で、独自の遺伝情報を持っている。高脂肪食を摂取すると、精子のミトコンドリアが正常に働かなくなり、その代償として特定のRNAが増加し蓄積する。このRNAが受精の際に卵子に入り込み、受精卵の代謝プログラムを変えてしまうのだ。

 この影響は精子が作られる過程ではなく、精巣上体という器官で精子が成熟する最後の段階で起きていた。精巣上体での精子の成熟には約7日間かかるため、この期間の環境変化が精子に直接影響を与えることになる。

高脂肪食により誘導された精子のミトコンドリアRNAが受精時に卵子へ伝達されることを検証する実験デザイン

 さらに重要な発見は、この影響が元に戻せることだ。高脂肪食を2週間摂取した後、通常の食事に戻して4週間待つと、精子のミトコンドリアRNAは正常レベルに戻り、その後に生まれた子マウスには健康への悪影響が見られなかった。

 人間でも同様の現象を確認している。ドイツで3431人の子供とその両親を調査した結果、母親が正常体重の家庭では、父親の過体重により子供の肥満リスクが2.26倍(肥満では6.44倍)増加した。

 フィンランドの研究では、健康な若い男性18人の精子を調べたところ、BMI(肥満度)が高い人ほど精子のミトコンドリアRNAが多いことを確認。これは、人間でも父親の体重が精子を通じて子供に影響を与える可能性を示している。

 さらに、遺伝子改変マウスを用いた実験により、ミトコンドリア機能に関わる遺伝子の異常が同様の世代間影響を引き起こすことも実証された。国際マウス表現型解析コンソーシアムのデータ解析と、凍結保存精子のRNA分析により、ミトコンドリア機能不全がRNAの蓄積を介して子孫の代謝に影響することを確認した。

Source and Image Credits: Tomar, A., Gomez-Velazquez, M., Gerlini, R. et al. Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs. Nature 630, 720-727(2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-07472-3



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