このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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オランダのトゥヴェンテ大学などに所属する研究者らが2011年に発表した論文「Inhibitory Spillover: Increased Urination Urgency Facilitates Impulse Control in Unrelated Domains」は、膀胱に尿がたまってトイレを我慢している状態が、実は無関係な領域での自己制御能力を高めることを示した研究報告だ。2011年のイグノーベル医学賞を受賞している。
トイレを我慢しているときに、なぜか普段より冷静な判断ができた経験はないだろうか。研究チームは、尿意を我慢している状態では、金銭的な意思決定や衝動的な行動を抑える能力が向上するという仮説を立て、4つの実験を通じて検証した。
最初の実験では、193人の大学生にストループ課題を実施した。例えば青色で書かれた「赤」という文字を見て、文字の意味ではなく実際の色である「青」と答える課題だ。分析対象となった176人のデータから、課題後に報告された尿意の強さと課題成績の関係を調べたところ、尿意が強い参加者ほど、文字を読みたくなる衝動を抑えて色を答える反応時間が速いことが明らかになった。
第2の実験では、102人の大学生を2グループに分け、一方には約700mlの水を飲んでもらい、もう一方には約50mlだけ試飲してもらった。45分後、「明日16ユーロ」か「35日後に30ユーロ」といった、すぐに少額をもらうか、待って多額をもらうかの選択を8回行ってもらった。その結果、大量の水を飲んで膀胱圧が高まったグループは、より長期的な利益を選ぶ傾向が有意に高かった。
第3の実験では、105人の参加者に対して同様の手順を実施し、さらに行動抑制システム(BIS)の感受性という性格特性を測定した。最終的に97人のデータを分析した結果、膀胱圧の高いグループが長期的利益を選ぶ傾向が再現されただけでなく、BIS感受性が高い人ほどこの効果が顕著に現れることが判明した。
最後の実験では、実際に水を飲まなくても言葉による影響だけで自己制御能力が向上するかを検証した。131人の参加者に文字探しゲームを実施し、一方のグループには「トイレ」「膀胱」「排尿」などの単語を、もう一方には「テーブル」「ハンマー」など無関係な単語を探してもらった。排尿関連の単語を探したグループは、その後の報告で尿意を強く感じ、金銭選択課題でもより忍耐強い選択をすることを確認した。
また2015年には、米カリフォルニア州立大学フラトン校などに所属する研究チームが別の論文「The inhibitory spillover effect: Controlling the bladder makes better liars」を発表。尿意を我慢することでうそをつくことが上手になるという現象を報告している。
この研究では、膀胱に尿がたまった状態でうそをつく人は、そうでない人よりも説得力のあるうそをつくことができるという。
実験では大学生22人を2つのグループに分け、一方には700ml、もう一方には50mlの水を飲ませた。参加者は45分間の待機時間を経て、社会的論争のある話題について自分の意見とは反対の立場を主張する(うそをつく)か、本当の意見を述べる(真実を話す)かのいずれかを行った。
結果、700mlの水を飲んで強い尿意を我慢していた参加者がうそをついた場合、50mlの水を飲んだ参加者と比較して、欺瞞(ぎまん)を示す典型的な行動的手掛かり、例えば落ち着きのなさなどが著しく減少した。それどころか、真実を語っているような堂々とした振る舞いを示し、話の内容もより長く、複雑で説得力のあるものとなった。
第三者によるうその検出精度においても顕著な差が見られた。強い尿意を我慢していたうそつきを正しく見破れた割合はわずか28%であったのに対し、尿意を感じていないうそつきの検出率は47%であった。
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