なぜなぜ海洋温度差発電、なぜ静止した海水で発電できるのか発電の仕組み(5)(1/3 ページ)

短期連載の最終回では、海洋温度差発電を扱う。「海洋+温度差+発電」という文字面からすると、海の温度差を使った発電だろうということは分かる。だが、具体的にどうすればよいのか、この方法で火力発電などに対抗できるのだろうか。

» 2013年08月16日 19時30分 公開
[畑陽一郎,スマートジャパン]

短期連載「発電の仕組み」

  • なぜなぜ太陽光発電、電力が生まれる理由 (第1回
  • なぜなぜ風力発電、生まれ変わる古代の技術(第2回
  • なぜなぜ地熱発電・火力発電、お湯は使わない(第3回
  • なぜなぜ燃料電池、実は「電池」ではないのでは? (第4回


 日本の国を指して八百万の国と呼ぶことがある。フランス人も自国のことを数字で呼ぶことがある。L'Hexagone(レキサゴン)、つまり六角形だ。

 何が六角形かというと国の形である。そのうち3つの辺がそれぞれ性格の異なる海と接している。ドーバー海峡など英国に面した海、大西洋に広がるビスケー湾、そして地中海だ。このためか、海洋エネルギーの先駆者のリストにはフランス人が複数登場する。

 例えば波が打ち寄せる力を取り出す機械を発明したのはナポレオンと同時代のムッシュー・ジラール(Monsieur Girard)とその息子だ。1799年のことである。この時代にはまだ発電機が発明されていない。発電機と組み合わせて波力発電を実用化したのもフランス人だ。ボショー・プラティーク(Bochaux-Praceique)がボルドーに近いロワイヤンの海岸に出力1kWの波力発電機を据え付けた。これは1910年のことだ*1)

*1) 2007年にはスコットランドの企業Pelamis Wave Powerがポルトガル海岸に波力発電機を据え付け、発電を開始している。これが初の商業規模の波力発電だ。複数のシリンダを接続しているため、「ウミヘビ」と呼ばれている。シリンダ1つで750kWの発電が可能だという。

 今回の短期連載の最終回で取り上げる「海洋温度差発電」の原理を考え出したのもフランス人だ。ダルソンバール(J.D'Arsonval)は1881年に海面の水温と深海の水温が違うことから発電に利用できる可能性を思い付いた。

 実際に発電が可能であることを実証したのはフランスの化学者ジョルジュ・クロード(Georges Claude)だ。第一次世界大戦後の1926年、クロードは学士院で海洋温度差発電の公開実験を開いた(図1)。温水が入った容器を用意し、パイプで小型のタービンとつなぐ。タービンの後段には冷水が半分程度入った容器を置く。全体が密閉された構造だ。その後、冷水容器の空気を真空ポンプで抜いていく。すると、温水容器の温水が沸騰し、タービンを回して発電した。発生した蒸気は冷水容器で水に戻る。

 図1の左が温水容器、中央がタービンと冷水容器だ。中央の容器から左下に向かうチューブが真空ポンプにつながっている。

図1 フランス学士院で海洋温度差発電の原理実験を披露するジョルジュ・クロード。出典:Bibliothéque nationale de France

 この実験で重要なのはどこだろう。高山では料理がうまくできないという話を聞いたことはないだろうか。こうなる理由は気圧が低いため、水が100度以下で沸騰するからだ。例えば富士山の山頂では気圧が海水面の約3分の2になっているため、87〜88度で水が沸騰する。クロードの実験では真空ポンプを使ったが、何らかの方法でシステム全体の圧力を下げることができ、2種類の温度の水があれば蒸気が発生し、発電が可能なことが分かる。

 クロードは「化学者」で「発明家」だった。さらに「実業家」でもあった。公開実験以前の1902年には空気の液化システムを世界で初めて工業化し、大量生産に入る。1898年に発見されたばかりの不活性ガスNe(ネオン)を使ったネオン管を1910年に発明。多彩な発明で知られており「フランスのエジソン」とも呼ばれる。さらに、ネオン管の商業利用にも成功、ネオンサインを製造する世界初の企業を立ち上げて多額の資金を得ている。

 先ほどの公開実験の際にも、実用化について早速数字を挙げて商用化が可能なことを示している。彼の試算によれば、1000mの深海の水温は4度、もしも海水面の水温が30度程度の場所で海洋温度差発電を実行すれば、1m3の海水から4500kgmの仕事が可能であり、毎秒1000トンの水を取り入れれば、タービン効率が75%の場合10万kWの発電が可能だとした。

 卓上の実験だけでは不十分だ。次にベルギーで製鉄所の温排水を使った実験を開始、60kWの発電に成功した。こうなれば後は海面の温度が高い立地で実験するしかない。1927年には実験場としてフロリダ半島の対岸、キューバのマタンサス湾を選び出す。深海(600m)まで直径2mのパイプを引き、毎時720トンの深海水を取り出し、温度差14度で出力約20kWを得た。

 クロードの研究はフランス政府の支援も受けて企業化し、第二次大戦後の1955年まで続く。しかし、安価に電力が得られる石油火力全盛の時代に入ったため、研究は中断してしまった。

 クロードの海洋温度差発電は発電コストで火力発電に負けてしまった。何がいけなかったのだろうか。クロードが「失敗」したのは水を作動媒体として使ったことだ。低温低圧の蒸気では出力が高くならない。現代の目から見れば、水よりも沸点が低く比較的密度が高い物質を作動媒体として使い、作動媒体を閉回路に閉じ込めるクローズドサイクルを利用すればよいことが分かる。作動媒体にはさまざまな物質が考えられるが、例えばアンモニアが適する。クロードは空気液化の工業化に続いてアンモニアの製造技術を改良した実績もあった。もう一押しがあれば、アンモニアの利用を思い付いたかもしれない。

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