原子力発電の新規制基準を疑問視、再稼働禁止の仮処分決定で法制度・規制(2/2 ページ)

» 2016年03月11日 09時00分 公開
[石田雅也スマートジャパン]
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人格権の保全は電力会社が立証すべき

 さらに原子力発電の経済性と環境破壊の危険性について、明快な主張を展開したことも注目に値する。「原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、(中略)、環境破壊の及ぶ範囲は我が国を越えてしまう可能性さえある、(中略)、単に発電の効率性をもって、これらの甚大な災禍と引換えにすべき事情であるとはいい難い。」

 大津地裁が原子力発電の経済性よりも重視したのは国民の「人格権」である。人格権は個人が社会生活を営むうえで必要な利益を保護するための権利で、生命・自由・名誉などの利益を侵害すると不法行為になる。原子力発電所の周辺地域に暮らす住民が人格権の侵害のおそれを理由に運転の差し止めを求めることに理解を示した。

 本来は人格権の侵害について原告側の住民に立証責任がある。ただし原子炉施設の安全性に関する資料の多くを電力会社が保持していることなどを理由に、大津地裁は電力会社側が資料を明示して立証すべきと結論づけた。関西電力が仮処分の不服申し立てを実行した場合には、原子力発電所の運転によって周辺住民の人格権を侵害するおそれがない点を立証する必要がある。

 関西電力の原子力発電所は福井県の若狭地域に集まっている(図3)。その中で震災後に最初に稼働した高浜発電所の3・4号機が再稼働禁止の仮処分を受けたことにより、他の原子力発電所の再稼働を計画どおりに進めることもむずかしい状況になった。

図3 関西電力の原子力発電所。出典:関西電力

 滋賀県の北部は若狭地域の南側に隣接していて、長浜市や高島市は原子力発電所から30キロメートル圏内に入る。滋賀県では原子力による災害が発生した場合に実効性のある多重保護体制が構築できていないことなどを理由に、再稼働を容認しない立場をとっている。そのうえで平常時と異常時の連絡・通報を関西電力に求めるため、自治体ごとに安全協定の締結を進めてきた(図4)。

図4 若狭地域における原子力安全協定の締結状況(2015年12月17日時点。画像をクリックすると全体を表示)。出典:滋賀県防災危機管理局

 大津地裁の指摘は避難計画に関しても具体的だ。福島第一原子力発電所の事故の影響が広範囲にわたり、避難に大きな混乱が生じたことを挙げて、国が主導して具体的な避難計画を早急に策定すべきと強調した。「避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準がのぞまれる、(中略)、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生しているといってもよいのではないだろうか。」

 国内には建設中を含めて60基の原子力発電設備があり、廃炉を決定した14基を除く46基が新規制基準の審査対象になる。すでに運転を開始した九州電力の川内原子力発電所1・2号機のほかに、新規制基準の適合性確認を申請した発電設備は高浜発電所3・4号機を含めて24基にのぼる(図5)。

図5 原子力発電所の状況(2015年11月20日時点。画像をクリックすると拡大)。各発電所の設備に記載した数字は上段が発電能力(単位:万キロワット)、下段が運転開始後の経過年数。出典:資源エネルギー庁

 原子力規制委員会は大津地裁の仮処分決定にかかわらず、引き続き確認審査を進める見通しだ。しかし全国各地で再稼働禁止を求める仮処分の申し立てが広がっていくことは確実で、大津地裁と同様の決定が下される可能性は大いにある。そのたびに原子力発電所の運転を止めて、改めて再稼働のプロセスを進めることは、日本の電力市場において決してプラスに働かない。

 原子力発電が国益に見合わなくなったことを多くの国民が感じている。電力の安定供給や電気料金の値上げ抑制の面でも、原子力なしで十分に実現できる状況になってきた。残る課題は温暖化対策だが、再生可能エネルギーや水素エネルギーを最大限に導入することで解決の道は開ける。

 政府と電力会社は原子力発電所の再稼働に多大な時間と経費を注ぎ続けるよりも、未来志向のエネルギー政策に早く転換すべきだ。決断が遅くなるほど電力会社の体力は衰えていく。

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