福岡高等裁判所の決定書によると、原子力発電所から放射性物質が周辺環境に放出されるような事故が発生した場合に、生命や身体に重大な被害を受けると想定される地域の住民が原告であれば、そうした危険性がないことを電力会社側が立証する必要がある。しかし原告の住民が「遠く離れた地域に居住する」のであれば、健康に悪影響を及ぼすような量の放射線に被ばくする可能性は「ほとんどないか、著しく小さい」と想定した。
とはいえ、決定書の中では原子力発電所からの距離を具体的に明記していない。「遠く離れた地域」が何キロメートル以上であるかについては不明で、具体性に欠ける。かりに近隣の住民が運転停止の仮処分を求めたら、人格権を侵害するおそれがないことを電力会社が立証する必要が生じる。今後も住民による仮処分の申し立てがあった場合に、裁判所がどう判断するか注目したい。
政府は川内原子力発電所の災害対策重点地域として、2種類のエリアを設定して緊急事態に備えることを決めている(図4)。1つは原子力発電所から半径5キロメートル圏内の「PAZ(Precautionary Action Zone、予防的防護措置を準備する区域)」である。対象に入るのは薩摩川内市だけで、住民数は5000人弱だ。
もう1つは「UPZ(Urgent Protective Action Planning Zone、緊急時防護措置を準備する区域)」で、半径30キロメートル圏内に拡大する。鹿児島県内の7市2町が対象に加わり、住民数は20万人を超える。UPZの圏内でも原子力発電所に緊急事態(冷却機能の喪失など)が発生した場合には、屋内に退避することが求められる。
この点を考えると、半径30キロメートル圏内は放射線の被ばく量が健康に悪影響を及ぼすレベルになる可能性があり、「遠く離れた地域」とはみなせない。原告の中には市町村は不明だが、鹿児島県の住民が含まれている。UPZの圏内の住民ではなかった可能性があるものの、裁判所が抽象的な表現で重要な判断を下したことには疑問が残る。
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