最長の寿命、大容量化できる有機物蓄電池蓄電・発電機器(3/4 ページ)

» 2017年02月23日 15時00分 公開
[畑陽一郎スマートジャパン]

中性の溶液で低コスト化したい

 研究の前提は、有機物を溶かし込む溶媒として中性の水溶液を使うこと。食塩水である*5)。システムコストの引き下げに役立つからだ。

 研究チームによれば、現在、ほとんどのレドックスフロー電池は、電池内部の化学反応に耐える高価な高分子膜を、イオン交換膜として用いている。装置コストに占める割合は高く、総コストの3分の1を占めることさえあるという。図A-1のハート型の位置に示した膜だ。

 高価な高分子膜を安価な炭化水素の膜(陰イオン交換膜)に置き換えるには、膜の両面の水溶液を中性に保つ必要がある。

 中性の水を使うことによるコスト面のメリットは他にもある。論文の共著者であるRay G Gordon氏は発表資料の中で次のように説明した。「中性の水を使うと、地下に設置する長寿命電池としてメリットが生まれる。溶液が(漏出し)床にこぼれたとしても、コンクリートを腐食することはない。非腐食性であるため、安価な材料を使って、タンクやポンプなどの電池の構造を作り上げることができる」。

*5) 後ほど紹介するビオロゲン誘導体とフェロセン誘導体、塩化ナトリウム以外の物質は溶液に溶け込んでいない。

十分な電力を蓄えられない

 中性の水を溶媒に用い、電荷を蓄えるために有機物を用いる。こうしたアイデアに基づいた先行研究がある。だが、従来の研究成果だけでは大容量蓄電池にはつながらない。なぜか。有機物の寿命が短く、蓄えられる電力が少ないからだ。

 先行研究では有機物であるメチルビオロゲンのモノマー(単分子)やポリマー(高分子)を負極側の溶液に溶かし、正極側にはやはり有機物である安定ニトロキシドラジカルの一種であるTEMPOを用いた。2017年2月には他の研究グループから正極側により優れたフェロセン誘導体を用いる提案があった。レドックスフロー電池に利用するには、電荷を蓄える性質、つまり複数の電気的状態を安定に採る性質が必要だ。3種類の有機物はこの条件を満たしている。

 しかし、これら3つの有機物には寿命、電力量という共通の課題があった。同大学のDepartment of Chemistry and Chemical Biologyに所属し、論文の第一著者であるEuegn S. Beh氏によれば、同種の有機物分子同士が接触すると相互作用によって分解が早くなるため、溶液を薄くする必要があった。ところが、溶液を薄くすると、体積当たりに蓄えられる電荷の総量が減る。

 そこで、従来の有機物が分解する経路を解析し、幾つかの原子からなる官能基を追加することで寿命を長くすることに成功した。冒頭で紹介した1000サイクル後に、初期容量の99%を維持できるという結果だ。

同じ官能基が負極と正極の両方に役立つ

 Beh氏が見つけ出した官能基は炭素と水素、窒素からなるビストリメチルアンモニオプロピル基(BTMAP)。

 BTMAPの効果は大きい。主な効果は分解抑制と高い溶解度だ。

 ビオロゲンの両端にBTMAPを付加することで分解が極めて起こりにくくなった(図2)。さらに1リットル中に2モル(mol)ものビオロゲン誘導体を溶解できるようになった*6)。蓄えられる電荷が増える。BTMAPを付加したことで、1分子当たりに蓄えられる電子の数が従来の2個から4個に増え、さらに蓄電量が増えた。

*6) BTMAPを付加した後も、濃度と寿命の関係は残っている。例えば、0.75M/l〜1.00M/lという図1に示した比較的低濃度の溶液では1サイクル当たりの容量維持率は99.9989%(1日当たり99.967%)だが、高濃度(2M/l)の場合は、同99.9943%(同99.90%)とわずかに低下する。

図2 ビオロゲン分子(上)と官能基を付加した誘導体 BTMAPを青色で示した 出典:米ハーバード大学

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