地政学リスクから考える、日本が水素輸入国となった場合の「安全調達」戦略「水素社会」に向けた日本の現状と将来展望(3)(2/3 ページ)

» 2023年09月11日 07時00分 公開
[株式会社クニエスマートジャパン]

(2)日本の水素輸入ルートにおける要衝とそのリスク

 北アフリカからの水素輸入をパイプラインで検討する欧州と異なり、日本は基本的に全量を海上輸送により調達する計画である。調達エリアによって、日本までのシーレーン(海上交通ルート)は概ね決まっていることから、そのルート上における要衝とそのリスクを図2に纏めた。

図2 シーレーンにおける要衝とそのリスク

(A)ホルムズ海峡

 中東から輸入を行う場合、原油輸送の要衝でもあるホルムズ海峡を通ることになるが、長年イランと米国および同盟湾岸諸国との間で緊張が続いている。1980年代のイラン・イラク戦争では、ホルムズ海峡で戦闘が起きたことに加えて、1988年には、米国とイランの艦艇が直接交戦したこともある。直近においても、2021年からの約2年間でイランが計15隻の商船を拿捕(だほ)したとして、米軍がホルムズ海峡周辺で艦船や航空機によるパトロールを増やしたことが報じられている。

 このように、ホルムズ海峡の緊張は、大きな事態に発展する危険を常にはらんでおり、封鎖が行われる場合には中東からの輸入が全量停止になると考えられるため、その動向には注視するべきである。

(B)マラッカ海峡

 中東やアフリカから輸入を行う場合、太平洋とインド洋を最短距離の航路で通過できるマラッカ海峡を通ることになる。地政学リスクとしてあるのは、海賊行為である。1999年には積み荷と船を海賊に奪われたアロンドラ・レインボー号ハイジャック事件が起きている。現在では、大掛かりなハイジャック事件は少なくなっているため、海賊行為による海峡一帯の封鎖が行われる発生確率は低いと考えられる。しかし、リスクコントロールの一環として、封鎖が行われた場合の迂回ルートを確認しておく必要があるだろう。有力なのは、インドネシア・バリ島の東に位置するロンボク海峡を通過するルートだ(図3)。

図3 マラッカ海峡封鎖時の代替ルート

 何故なら、水深1,000m以上と深いうえに、可航幅も最狭部で約3km以上と広いため、マラッカ海峡を通過できる船舶であれば基本的にロンボク海峡も通過できるためだ。問題点としては、「1.航海日数がマラッカ海峡経由と比べて日本到着までに+3日程度要すること」「2.航海日数増加に伴う運賃上昇」がある。ホルムズ海峡の封鎖と異なり、輸入量の全量がストップすることはないため比較的影響度は低いものの、無視できないのは間違いないだろう。

(C)パナマ運河

 北米から輸入する場合に通過する運河であるが、地政学リスクは現状特に無いだろう。水深の制約が厳しい運河ではあるものの、少なくとも地政学的の観点からは安定的に輸入が可能と言える。

(D)バシー海峡

 中東、アフリカ、東南アジアから輸入する場合に通過する海峡であり、近年緊張が高まっている中国と台湾による統一問題の影響を受ける恐れがある。台湾有事と言えば、中国と台湾の間にある台湾海峡での衝突をイメージされるが、台湾は四隅を海で囲まれた島であり、西側(台湾海峡側)だけではなく、東側や南側(バシー海峡側)での衝突も十分考えられる。

 安全運航を第一とする海運業界において、戦闘に巻き込まれる恐れがある状況下ではバシー海峡ではなく、代替ルート(マラッカ海峡ではなく、ロンボク海峡を通過してより東側を運行するルート)を選択するのが常識的だろう。この代替ルートにおける問題点については、(B)のマラッカ海峡で述べた通りである。これまで台湾有事が実際に起こるかは懐疑的な見方が大半だったが、近年の状況からはその本気度が垣間見えるため、各企業におかれては、そのリスク対策を十分に検討するべき段階に入ったと言えるだろう。

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