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レコメンデーションの虚実(18)〜アットコスメに見る日本式「共感型レコメンデーション」の世界ソーシャルメディア セカンドステージ(2/2 ページ)

» 2008年02月12日 12時45分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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大量の口コミが集まる@cosmeだが

 この問題に取り組んでいる企業のひとつに、化粧品の口コミサイト「@cosme(アットコスメ)」を展開しているアイスタイルがある。吉松徹郎社長兼CEOは、次のように話す。「化粧品は、女性がただきれいになるための道具ではないのです。例えば食事をする店でも『今日は恋人と行くからちょっと高級なイタリアンレストラン』『今日はひとりだからささっと吉野家で』とTPOに応じて店を変えるように、化粧品もその時々で変える。あるいは安い商品だって『こんなに安くて良いものを見つけた』という喜びを感じることがあるし、高い化粧品に持つ喜びを感じることもある。同じ化粧品であっても、それに対して女性が抱く気持ちはさまざまなんです」。加えて化粧品には、ユーザーの購買履歴とは別に、そのユーザーの属性が非常に重要な意味を持っている。そのユーザーが「乾燥肌か、敏感肌か」「年齢は何歳代か」といった属性だ。

 アットコスメには、500万件以上のクチコミが掲載されている。例えば、このサイトが震源地となって爆発的に売れた無印良品の化粧水。「さっぱりタイプ」と「しっとりタイプ」が発売されているこの580円の商品に対して、2000件以上ものクチコミが書き込まれている。例えばこんな内容だ。

「値段も安いし、そんなに期待してなかったけど、想像以上によかったです」

「とってもシンプルですが、しっかり潤うのに変な刺激もなくお気に入りです。安いし、たっぷり使えます。刺激も特にありませんでした♪♪」

「ほどよく潤うし、ティーンの肌には充分じゃないかなあと思います」

重要なのは自分と志向が近いユーザーのクチコミ

 とはいえ、このクチコミ数がきわめて多いということは、ひとりのユーザーから見ると重要なことではない。ユーザーにとっては、自分に不要な選択肢が多いことよりも、自分が必要としている商品のクチコミ、それに加えて自分と志向の近い人のクチコミがどれだけ充実しているかどうかの方が、ずっと大切だからだ。化粧品というのはビッグビジネスであり、巨大な消費マーケットを擁しているけれども、しかし大量生産大量販売の商品ではない。女性ひとりひとりで年齢や肌質は異なっている。先ほどの吉松社長のコメントにあるように、TPOによっても使う化粧品は変わってくる。

 同社の代表取締役兼アットコスメ主宰の山田メユミさんは「昔だったら、デパートの化粧品売り場で洗顔料からクリームまでまとめてそろえている人が多かった。得られる情報も少なかったから、売り場でお勧めされるものを買うしかなかったんですね。でも今はインターネットで情報を得やすくなり、この結果、『私に合った化粧水はこれとこれ』とベストの商品をTPO別に細かく選ぶことができるようになった」と話している。

 アットコスメは、こうした属性や行動の方向性に合わせ、クチコミから情報をピックアップするレコメンデーションシステムを作り上げている。例えば「ピックアップ」という機能では、クチコミ全体から(1)効果(潤い、毛穴・角質ケア、アクネケア、美白・くすみなど)(2)集計期間(3)年齢(4)肌質(普通肌、乾燥肌、脂性肌、混合肌、敏感肌、アトピー)(5)髪量(6)髪質Fタイプ・お好み(メイク大好き!、スキンケアの鬼、ボディケア命、ネイル通、フレグランス大好きなど)(8)購入した場所(9)その他(現品使用、リピート)――などによってクチコミを並べ替え、自分に最適なクチコミを選び出すことができるようになっている。

 また商品情報のページには、「相性チェック」というボタンもある。これをクリックすると、その商品について「あなたの総合相性は○○%です」と表示される。例えばあるユーザーが「30代」で「乾燥肌」だったとすると、30代の人がその商品をどう評価し、乾燥肌の人がその商品をどう評価しているのかが数値で表示される仕組みだ。さらにこの「年代相性」と「肌質相性」の数値の下にある「クチコミを見る」ボタンをクリックすれば、30代の人のクチコミや乾燥肌の人のクチコミが、まとめて表示される。

 とはいえ、これらはどちらかといえばプル的なインタフェースである。「あなたにお勧めの商品はこの商品です」とプッシュ型の明示的なレコメンデーションが行われているわけではない。なぜそうなっているのか。

商品を絞り込みすぎると間違ったお勧めをしてしまう

 ひとつは、先ほども書いたように女性はTPOで使う化粧品を分けており、このTPOという方向性を要素として数値化できない以上、レコメンデーションシステムは完璧には動作しないからだ。「デートで使う」「仕事で使う」といった目的を要素として数値化するのは簡単だが、しかしTPOの要素は用途だけではない。季節や気候の違いによって肌の質は微妙に変わってくるし、同じ仕事の用途であっても、会う相手によって化粧品の使い方は違う。取引先のプレゼンテーションがある日と、単なる部内会議しかない日では、化粧の気合いも変わってくる。

 そして女性の多くは、こうしたTPOを細かく分類し、超絶的な皮膚感覚によって化粧品を使い分けているのだ。この皮膚感覚を数値化するのは、簡単ではない。「みんな細かく化粧品を使い分けているんです。だからあまりにも商品を絞り込んでしまうと、間違ったお勧めをしてしまうことになりかねません」(山田さん)

 では、この部分をどうするのか。レコメンデーションをさらに高度化させていき、これら皮膚感覚的な部分までをも数値化していくというのはひとつの理想だが、しかしすぐに実現できるわけではない。さらに言えば、レコメンデーションに対する好みもあるかもしれない。

検索よりランキング好きな日本人

 吉松社長は、「日本人は自分に会うものを徹底的に探すことよりも、『他の人が何を使っているのか』がより気になる民族だ」と話す。「アメリカ人はどちらかというと検索が好きだけれども、日本人はランキングの方が好みだと思う。アットコスメも最初の30万人ぐらいの規模のころは検索システムが好まれたが、会員数が増えて100万人を突破してからは、ランキングの方が好まれるようになった」(吉松社長)。

 吉松社長の言う30万人というのは、キャズム理論で言うアーリーアダプター層だろう。彼らは検索を自在に使いこなす。しかしキャズムを超えると、検索ではなくランキングで「他の人の意見」を気にするようになる。(余談だが、これはブログコミュニティーが拡大し、その結果、付和雷同するネットイナゴが増加したのと同じ流れ、という説明もできるかもしれない)。だからアットコスメはユーザーのクチコミ内容や他の人のクチコミをマイニングし、適切な化粧品をレコメンドする「ぴったりサーチ」という機能も提供しているが、利用できるのは、アットコスメメンバーでクチコミの合計が10件以上のヘビーユーザーのみに限定されている。

 ランキングというのは、レコメンデーションシステムの中で再定義すれば、「マスの購買行動総体をただひとつの要素としたレコメンデーション」である。他の人が何を使っているのか、という要素だけを取り出し、ユーザーの属性などは無視してその要素だけをもとにレコメンデーションするというのは、それはイコール商品のランキング上位そのものである。

 「携帯電話のサイトでは、『流行りの人気の商品仕入れました』とレコメンドすると売れる。選択肢が広いと逆にみんな買わないんです。選択肢が多い方が買う人は多いような気がするけれども、そんなことはなくて、多くの人は『決めうち』による購買なんですね」(吉松社長)

ランキングが生み出すセレンディピティ

 携帯電話ユーザーのインタフェースや、ユーザー層のリテラシーも影響しているだろう。これは連載の第9回(世界の中心で「僕がほしいもの」を探す)でも書いた通りだ。でもランキングが求められる要素は、それらだけではない。吉松社長は「ランキングには、『あいまい』に対する気持ちよさのようなものがある」とも話す。例えば本を探して書店に行くと、自分の探している本以外にも良い本を見つけ、その出会いの幸運さ(セレンディピティ)が書店の空間の気持ちよさを作り出している。おそらくはランキングもそうしたセレンディピティを生み出している。

 ではランキングの生み出しているセレンディピティとは、いったいどのようなセレンディピティなのだろうか?

 それは「自分がマスとつながっている」「自分が他の多くの人と共感している」という安心感だ。その安心感を生み出すことが、日本のレコメンデーションシステムでは重要な要素となる。「自分がほしいものをほしいのだ」という明確なアメリカ的レコメンドとは異なった「共感型レコメンデーション」が、日本では求められているのかもしれない。

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