プレミアムって何だ? レクサスブランドについて考える池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/8 ページ)

» 2022年01月17日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

「ブランド戦略とは物語を売ることである」

 「ブランド戦略とは物語を売ることである」とはよくいわれることだが、先に書いたように、ハードウェアをどんどん高級にしていくことでは、プレミアムには至らない。原価の掛からない、あるいは原価にレバレッジの掛けられるソフトウェア、それはつまり物語ということだが、それで稼ぐことがプレミアムビジネスである。

 筆者が知る限りプレミアムの極地として「ブリストル」という英国の自動車ブランドがある。元々は英国空軍を支えた戦闘機を数多く多く輩出した航空機メーカーであり、そこから分かれた高級GTのブランドである。

「Bristol 411 Series 4」1974年モデル(Bristol404撮影、Wikipediaより)

 実はこのブリストル、航空機メーカーとしては名を馳せたが、ことクルマに関する限り、レースで実績を挙げたこともなければ、素晴らしいロードカーを生産したこともない。BMWのノックダウン生産からスタートし、エンジンもBMW製、その後はクライスラーのV8を古色蒼然たるデザインのボディに載せた地味なクルマである。具体的に、製品として評価できるポイントはほぼ何も無い。

 航空機エンジン屋としては、星形スリーブバルブエンジンに代表される変態的エンジンをいくつも作り上げたトンガリ技術集団でありながら、ついぞその航空機由来の技術で他を圧倒するようなエンジンをクルマ用に作ることすらなかった。

 自動車評論の先達から怒られるかもしれないが、まあクルマとしては全く冴えない。なのに英国上流階級では、これがブランドになっている。つまりクルマはちっとも良くはない。歴史上良かったこともない。しかし、にも関わらず最上位ブランドであること。それはつまりブリストルの顧客リストに自分の名前が書かれることに意味があると見る以外にない。ブリストルは英国上流社会の会員証であり、会員証以外の意味を求められていない。

 面白がって極論すれば「クルマは要らない」のである。だから中古で安くブリストルを買うことに意味は全くない。新車をブリストルから売ってもらえる。顧客として認められるということがブランド価値であり、そのために大枚をはたくのである。

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