プレミアムって何だ? レクサスブランドについて考える池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/8 ページ)

» 2022年01月17日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

最後に選ばれるクルマという信仰

 先日、豊田章男社長に会った時「レクサスはどういうブランドにしていきたいのかが分からない」と訊ねてみた。豊田社長の答えは「世界中のいろんなクルマに乗り継いで来た人が、最後に選ぶクルマになりたい」というものだった。

 そう言われて思い出したのが、かつてのダイムラーベンツにすっかりやられて信仰心に近いものを持たされた記憶だ。「この人たちが作るクルマで死んだら、それはもう仕方ない」と思わせるだけのものがかつてのベンツにはあった。W124型Eクラスの頃の話である。そしてそれはもう失われて久しい。そんなことをやっているメーカーはもう世界のどこにもない。今レクサスが「最後に選ばれるクルマ」になる方法論として、それは有用かもしれない。

初代EクラスとなるW124型(Wikipediaより)

 いくつか挙げていこう。まずはアンチロックブレーキである。ご存知の通り、アンチロックブレーキは、タイヤのスリップ率を検知して最大グリップを発揮するスリップ率10%付近でキープすることで、最大減速を生み出す仕掛けだ。安全に、かつコントロール能力を失うことなく停まるための極めて大きな技術革新だった。

 しかしアンチロックブレーキには弱点がある。それは石ころが浮いた路面や、雪道で停まらないことだ。タイヤの下で石がコロの役割を果たしたり、掴んだ雪が下の層と剪断されてグリップしなくなるこういうところでは、むしろタイヤはロックさせて、タイヤの前方に土手を作った方が早く停まれる。

 通常路面では絶大な威力を発揮し、交通事故の発生を大いに抑制するアンチロックブレーキが、特定の場面では機能しないどころが、危ない状態になる。当時の日本車は、インパネのどこかにアンチロックブレーキのキャンセルスイッチが付いていた。しかしいざ雪道で停まらないとパニックになっている最中に、ボタンを探し出して押すなんて手順が踏めるはずもない。百歩譲ってそれができたとして、普通の舗装路面に戻った時に、それを忘れずに元に戻すかどうか?

 ダイムラー、というかサプライヤーのボッシュの仕事だが、彼らはそれに鮮やかな解決方法を見つけた。ブレーキが効かなければ、誰にも何も教わることなく、ドライバーは更にブレーキペダルを踏みつける。踏力が一定のラインを超えて、こんな圧力で踏むわけがないというところまでの力が加わったら、アンチロックブレーキをキャンセルするのである。

 おそらくほとんどのドライバーはそこでアンチロックブレーキが解除されたことにも気付かないまま、システムによって危機から救われるのである。そしてペダルを放せばリセットされるので、次の機会には普通にアンチロックブレーキが作動する。知識も練習も不要で、かつその操作をしたことにさえ気付かせずに危機を回避してみせるシステム。その思想に痺れた。

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