コンテンツを作成する際にこだわったのは、「解説はあくまで舞台を見てもらうための補助的な役割である」という点だ。当たり前のことかもしれないが、これを仕様に反映するとなかなか難しい。配信するのは逐語訳(せりふの現代語訳)ではなく、あくまで詞章(せりふ)や状況の解説にとどめ、解説も可能な限り情報を減らしたという。
「せりふの現代語訳を出せば、観客はタブレットの画面ばかり見てしまいます。解説もなるべく減らしたいですが、減らしすぎれば内容が分からなくなる。このバランスが難しかったですね」(檜氏)
せりふに現代仮名づかいでルビを振り、演目のあらすじや背景となる知識、解説を付けるとなると、それだけで膨大な作業量になる。さらに解説は日本語以外に英語と中国語のバージョンも作成した。今回コンテンツを作成した演目「富士太鼓」の上演時間は約1時間だが、作成した画面は約200枚。これは1冊の台本に相当するそうだ。
システム面でも、端末でカメラのシャッターを押せなくしたり、音が出ないよう制御するといったさまざまな仕様が求められたが、最も苦労したのは“使い心地”の部分だ。
このシステムはマスターの端末と鑑賞者の各端末の画面を同期させ、能楽関係者が舞台の進行を確認しながらマスター端末を操作し、鑑賞者のタブレットに出す情報を切り替えていく仕組みで、鑑賞者側からすると自動で情報が切り替わるように見える。その切り替えかたにもさまざまな工夫があるという。
「開発当初は画面を瞬時に切り替えていくスタイルでしたが、実際にテストを行ってみると、画面が変わったか分かりにくいという結論に至り、画面をスクロールして情報を切り替える手法にしました。スクロールに最適なスピードなども突き詰め、この仕組みだけで60回ぐらいはテストを行いました」(NTTコムウェアの開発者)
もちろん、システムに課題がないわけではない。重くて腕が疲れる、周りの人が気になってしまう、といった観客側の課題もあれば、データ登録や翻訳のコスト回収をどうするか……などといったビジネス面の課題もあり、本格的な展開までにクリアするべき問題は多い。檜書店としては、NTTコムウェアと協力して課題解決に当たりつつ、コンテンツのデジタル化を進めていくという。
「現在上演されている能楽の演目は約200曲ありますが、その中でも最もポピュラーな30曲を2016年9月までにデジタル化する予定です。よく上演される100曲を3年以内に仕上げることを目標としていますが、反響が良ければスケジュールの前倒しも考えています」(檜氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.