iPadが「能」を救う? ファン拡大を狙う新たな実験伝統芸能にITを(2/3 ページ)

» 2015年09月14日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

60回以上のテストが生んだ、こだわりのコンテンツ

 コンテンツを作成する際にこだわったのは、「解説はあくまで舞台を見てもらうための補助的な役割である」という点だ。当たり前のことかもしれないが、これを仕様に反映するとなかなか難しい。配信するのは逐語訳(せりふの現代語訳)ではなく、あくまで詞章(せりふ)や状況の解説にとどめ、解説も可能な限り情報を減らしたという。

photo 実証実験で使われたコンテンツ。演目は「富士太鼓」だ。タブレットからなるべく光が漏れないように画面の背景色は黒にしている

 「せりふの現代語訳を出せば、観客はタブレットの画面ばかり見てしまいます。解説もなるべく減らしたいですが、減らしすぎれば内容が分からなくなる。このバランスが難しかったですね」(檜氏)

 せりふに現代仮名づかいでルビを振り、演目のあらすじや背景となる知識、解説を付けるとなると、それだけで膨大な作業量になる。さらに解説は日本語以外に英語と中国語のバージョンも作成した。今回コンテンツを作成した演目「富士太鼓」の上演時間は約1時間だが、作成した画面は約200枚。これは1冊の台本に相当するそうだ。

photophotophoto 解説については日本語(左)以外にも、英語(中央)や中国語(右)も用意した

 システム面でも、端末でカメラのシャッターを押せなくしたり、音が出ないよう制御するといったさまざまな仕様が求められたが、最も苦労したのは“使い心地”の部分だ。

 このシステムはマスターの端末と鑑賞者の各端末の画面を同期させ、能楽関係者が舞台の進行を確認しながらマスター端末を操作し、鑑賞者のタブレットに出す情報を切り替えていく仕組みで、鑑賞者側からすると自動で情報が切り替わるように見える。その切り替えかたにもさまざまな工夫があるという。

 「開発当初は画面を瞬時に切り替えていくスタイルでしたが、実際にテストを行ってみると、画面が変わったか分かりにくいという結論に至り、画面をスクロールして情報を切り替える手法にしました。スクロールに最適なスピードなども突き詰め、この仕組みだけで60回ぐらいはテストを行いました」(NTTコムウェアの開発者)

photo コンテンツ配信方法のイメージ。上演前はあらすじや演目の見どころを各自確認でき、上演が始まると各端末が、情報を切り替える能楽関係者の端末と同期する仕組みだ

 もちろん、システムに課題がないわけではない。重くて腕が疲れる、周りの人が気になってしまう、といった観客側の課題もあれば、データ登録や翻訳のコスト回収をどうするか……などといったビジネス面の課題もあり、本格的な展開までにクリアするべき問題は多い。檜書店としては、NTTコムウェアと協力して課題解決に当たりつつ、コンテンツのデジタル化を進めていくという。

 「現在上演されている能楽の演目は約200曲ありますが、その中でも最もポピュラーな30曲を2016年9月までにデジタル化する予定です。よく上演される100曲を3年以内に仕上げることを目標としていますが、反響が良ければスケジュールの前倒しも考えています」(檜氏)

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