IoTという新たな「産業革命」

おいしい牡蠣はデータではぐくむ IoTで変わる養殖ビジネスの今持続可能な“漁業×IoT”を目指す(2/2 ページ)

» 2016年06月13日 09時00分 公開
[後藤祥子ITmedia]
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 せっかく開発したブイが実験だけで終わらないようにするためには、安定した通信が行え、量産化を目指せるブイへの改良と生産体制の構築、集めたデータを蓄積し分析できるクラウドサーバ環境の準備、漁師がデータを把握しやすいアプリの開発が必要だった。そこで、ブイの改良とクラウドサーバをドコモ、ブイの開発と製造をセナーアンドバーンズ、アプリの開発をアンデックスが手掛けることになった。ブイの名称も「ICTブイ」に刷新し、3社は開発をスタートさせた。

 ドコモは、波による揺れの影響で通信の欠損が起きないよう、通信部と制御部に緩衝材を装備。通信制御部と電源部とを分離させることで、データが未送信だった場合の原因を特定しやすくした。

Photo 機能を絞って低価格化したICTブイ

 1時間ごとにICTブイのセンサーから送られてくる水温データは、クラウドサーバに集約され、そこからアンデックスが開発したアプリに送信される。アプリ側では、ブイがある場所の今の水温、24時間以内の最低温度と最高温度、積算温度を表示している。積算温度は、基準となる温度から変動があった場合に、その変動分を足していくもので、牡蠣の養殖には欠かせないデータだという。

Photo センサーから取得した水温はクラウドサーバに送られ、アプリに表示される

 「これまで水温は、漁師が船で計測しに行って、その結果を漁協の壁に張った紙に書いていました。しかし、海が荒れると計測しに行けないのでタイミングがまちまちで、過去のデータも保存していませんでした。おまけに漁協に行かないと温度が分からない。これだと、現在のことしか分からず、これまでとの違いは分かりません」(山本氏)

 ICTブイは、東名漁港に5基、海苔の養殖を行っている東松島市内の大曲漁港に1基設置され、それぞれの漁場の水温データを1時間単位で取得し、サーバに送っている。

 ICTブイの実証実験がスタートした今、漁師たちは、手元のアプリを見ながら水温をチェックでき、自分たちの経験をデータで裏付けできるようになった。「ゆりの花が咲く頃の水温は何度、ということが分かるようになるわけです」(山本氏)

Photo 漁師向けの水温チェックアプリ。時間や場所を選ばず海水の温度を確認できる

オープンデータや携帯基地局の活用も視野に

 まだデータを取り始めて間もないことから、実証実験の成果が見えてくるのはまだ先の話になるが、早くも活用の幅を広げるさまざまなアイデアが出てきている。

 例えば、東日本大震災で大きな津波の被害を受けた大曲の浜には、震災後に防潮堤が立てられ、漁師は家から海の様子を見ることができなくなったという。

 「防潮堤ができる前は、朝起きて海を見れば波の高さや風向きが分かるから、“今日、漁に出られるかどうか”が、すぐ分かったんです。それが今では、防潮堤の向こうが見える場所まで行かないと判断できなってしまったのです」(山本氏)

 その判断に必要なのは、風向と風速、波高の3種のデータ。このうち風向と風速は、ドコモの一部の基地局に搭載した実績がある気象センサーを使うことで取得できるという。「基地局は防潮堤より高い位置にあるので、風向と風速は気象センサーで測定すれば、ある程度は正確な値が分かります。このデータをアプリに表示させる方法も考えられます」(同)

 波高については、国土交通省や気象庁が一部をオープンデータとして解放しているため、それを使う手もあると山本氏。「お金をかけずに済むところは節約し、使えるデータはうまく使って、持続可能な漁業×IoTの仕組みを作っていきたいと考えています」(同)


 「まず1年、きっちりデータを取って、ノウハウを蓄積したい」――。こう、山本氏は意気込む。この1年で得た知見から、どんな機能を追加すれば、“たった1度の水温の差で種牡蠣の収穫量が半減するような事態”を起こさずに済むかを知りたいと願っているからだ。「1つのシーズンを終えてみないと何ができるか分からないが、日本の水産業に一石を投じるような取り組みにしたい」(同)

 東松島の挑戦は始まったばかりだ。

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