システム更新の見積もりが億単位? ならば自分たちの手で 信州ハムはどうやって9カ月で基幹システムを内製したのか(1/2 ページ)

“時代に合わせて常に変化し続けなければ持続的な成長ができない”という大きな危機感と、億単位のシステム更新の見積もりを受け取ったことから信州ハムが踏み切った“基幹システムの内製化”。9カ月で導入を果たすまでの難関の数々とは。

» 2018年12月05日 07時00分 公開
[高橋睦美ITmedia]

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 「自分たちの手で基幹システムを構築し、運用する」――。普通の企業なら「到底無理」とさじを投げるような取り組みに挑戦し、自力で新たな生産管理システムを形にしただけでなく、そこから得られるデータを活用して経営面の改善も実現しつつあるのが信州ハムだ。

 信州ハムは長野県上田市に本社を置き、約70年に渡って食肉事業を展開してきた老舗企業。添加物を一切利用せず、業界に先駆けて食の安心・安全に取り組んだ「グリーンマーク」シリーズや、ハムの本場ドイツ伝統の味を継承しながら日本人の味覚も考えた「爽やか信州軽井沢」シリーズで知られている。

Photo 業界に先駆けて食の安心・安全に取り組んできた信州ハム

 しかし、いくら実績がある企業とはいえ大手のハム・ソーセージメーカーに比べると、やはり資金面や人手の面で恵まれているとは言い難く、過去には関連会社の不祥事の影響を受け、企業の存続が危ぶまれるほどの危機も経験している――そう話すのは、同社の執行役員で経営企画部の部長を務める小口昇氏だ。生産管理システムの刷新に取り組んだ背景には、“時代に合わせて常に変化し続けなければ持続的な成長ができない”という大きな危機意識もあったという。

Photo 信州ハムの執行役員で経営企画部 部長を務める小口昇氏

基幹システムのサポート期限切れをきっかけに、「内製」の道へ

Photo 信州ハムサービス 取締役開発本部長の土屋光弘氏

 信州ハムもかつては、基幹システムの構築、保守を外部のIT専門企業に任せていたが、20年以上運用してきたシステムが老朽化したため、新規システムの見積もりを依頼したところ、出てきたのは「億単位の提案」だったという。持続的成長に向けた投資も検討しなければならない中、「これではとうてい手が出ない」――。やむにやまれぬ状況で対応策を探す中、ある展示会で目にしたのが「FileMaker」のプラットフォーム上でカスタムAppを構築する方法だった。

 当時、情報収集に当たっていた信州ハムサービス 取締役開発本部長の土屋光弘氏は「2014年のFileMakerカンファレンスで実際に食品メーカーで活用している例があることを耳にして、『これならできそうだ』という感触をつかみました」と振り返る。

 土屋氏と一緒にカスタムAppの開発に当たったのが、信州ハムの生産管理部 生産管理課で係長を務める織部航氏だ。デザイン思考をベースにさまざまなアイデアを素早く形にしていく土屋氏と、大学で情報系を専攻し、入社後に実際にハムなどの生産現場や生産管理の経験を積んだ織部氏が力を合わせることで、「半年でプロトタイプを作り、9カ月で導入を開始できた」と小口氏。開発しながら追加の要件を実装できるFileMakerの拡張性の高さや、GUIの採用による開発のしやすさも大きな助けになったと振り返る。

 新たな生産管理システムはFileMakerサーバ上で稼働しており、そこに、iOS用モバイルアプリ「FileMaker Go」をインストールした約50台のiPadからアクセスし、原材料の入荷から製造、包装に至るまでのプロセスを管理している。

 困難なことが多い基幹システムの内製化だが、「実はその方が身の丈に合ったシステムを実現できる」というのが土屋氏の考えだ。「外注していた頃のシステムでは、立派なものを入れたはいいが現場が付いていけず、正直なところオーバースペックだった」(土屋氏)。その点、新たな生産管理システムでは、歩留まりや原価をはじめとする本当に必要な情報を、自分たちの工程に合わせた形で扱えるシステムを構築できている。

Photo 信州ハムの生産管理部 生産管理課で係長を務める織部航氏

 さらに、このシステムを開発する際に定めた「小さく導入して大きく育てる」というコンセプトは、開発のスピードアップにも生かされている。ハムやソーセージ、ベーコンといった食肉製品の製造工程は複雑なだけでなく、品目によってさまざまに枝分かれし、入り組んでいる。これまでExcelと紙でつないでいた現場の仕組みを知っている土屋氏や織部氏らが現場の声を聞き、トライアンドエラーを繰り返しながらアジャイル的に開発を進めることでスピーディーにシステムを構築できたという。

 「現場のことを分かっている社員がシステムを作ったのも大きかった。外注していた時代には、『こんな機能が欲しい』とお願いしても月単位の時間がかかっていましたが、新システムでは『ここをこんなふうにしたい』という要求があれば、その場で『それならこんな感じでどうだろうか』『この方がもっと使いやすい』と話し合いながら作っていくことができました。もし外部に委託していたら、ここまで短期間ではできなかったでしょう」(小口氏)

 システムのサポート期限切れが迫る中、「待ったなし」の状況で選んだFileMakerプラットフォームだが、「結果として、信州ハムに一番合うシステムを作り上げることができました」と土屋氏は胸を張る。

少しずつ味方を増やして導入範囲を拡大、リアルタイムで数字を把握

Photo 信州ハムの総務部 情報管理課で課長を務める久聡紀氏

 こうしてできた新たなシステムだが、それを浸透させるには一工夫が必要だったと信州ハムの総務部 情報管理課で課長を務める久聡紀氏は振り返る。人はとかく、これまでのやり方を変えるのを嫌うもの。信州ハムの場合も、「手で日報を書く」という従来のやり方から、iPadに入力する新システムに変わるに当たっては、現場や経営層の抵抗がなかったわけではない。

 そこで、新システムの開発においては、とことん使いやすい画面構成にすることにこだわった。もともと「iPadはスマートフォンの延長という感じで操作できる」(織部氏)のが特長だが、アイコンの色や大きさにも工夫を凝らし、より現場で使いやすいものへと改善を重ねていったという。同時に、生産工程の上流から徐々に導入を進め、慣れていってもらうことで「どうやら新しいシステムは使いやすいらしい」という評判を広げ、少しずつ味方を増やしながら適用領域を拡大していった。

 経営層には、「開発の進捗(しんちょく)に合わせ、プロトタイプの画面を見せながら『これまで手作業でやっていた処理がこんなに簡素化できます』と繰り返し説明し、理解を得ていきました」(久氏)。当初、基幹システムの更新に必要とされていた億単位の予算に比べ、内製分の人件費とiPadの端末代、それにFileMakerのライセンス程度で進められるというコスト削減効果の大きさもあり、導入にはすんなりと理解を得られたという。説得の際には、「あのアップルの子会社が提供しているソリューション」ということも決め手になったそうだ。

 こうして新生産管理システムの運用を開始してから2年。「今のところ、トラブルはまったくありません」(小口氏)

 大きな導入効果は、リアルタイムに情報が集まるようになったため、歩留まりの数字を素早く把握できるようになったことだ。「1kg分の原料からどのくらいの割合で良品ができたか」を示す歩留まりは、同社のみならず製造業ならば最も重要な数値だ。以前はその月の数値をまとめてExcelに入力し、集計して始めて分かる形だったため、把握できるまでに1カ月ほどかかっていたが、新生産管理システムではそれがほぼリアルタイムで把握できるようになった。

 また、トレーサビリティーという側面でも新システムが果たす役割は大きいという。「仮に何らかの不具合があったとき、以前は紙の伝票を全部ひっくり返して調べていましたが、新システムでは『何月何日分の材料から作られた製品はどれか』を検索すれば該当するものがすぐに分かり、逆に製品から原料を特定することも容易です。川上からも川下からもすぐに検索でき、食の安心・安全に不可欠なトレーサビリティーを確保できています」(小口氏)。今後は、HACCP(米国で開発された食品衛生管理基準)への対応にも活用していく計画だ。

Photo FileMakerプラットフォームで内製した基幹システムの導入効果
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