成都に好意的な感情を抱く関係者の方は、「成都は人件費が安く、安定志向が強いため、中国の他都市と比べて離職率が低い」と口をそろえます。
その言葉をすべてうのみにすることはできませんが、成都の物価の安さを示す興味深いデータがあります。中国当局が発表した生活基準に関する統計数字によると、「北京で毎月5000元の生活費で暮らすことのできるレベル」をほかの都市で再現しようと思うと、それぞれ以下のような費用が掛かることになります。
上記によると、物価が安いと評判の大連よりも、成都はさらに3割以上安く、北京の半額以下で生活できることが分かります。しかし、現在中国の主要都市では、近代化によって人件費が高騰しつつあります。中国沿岸部から遠く離れた成都でも、物価の上昇は避けられない見通しです。
これまで、成都の物価は、沿岸部の他都市と比べると、非常に緩やかな上昇カーブを描いていました。実際、1990年代から2003年まで、成都の物価はほぼ横ばいでしたが、2004年ごろから、沿岸部都市と同様に急速に上がりつつあることが分かっています。急速に近代化が進む中国では、沿岸部から遠く離れた地方都市でも物価の上昇は避けられない見通しです。
成都における日本語学習事情はどうでしょうか? 昨年、成都のある大学では800名のIT技術者が卒業しましたが、そのうちの300名は日本語学習者でした。成都ハイテク開発区の関係者の話によると、成都には日本向けオフショア開発の会社が数十社ほどあるそうです。それらの会社の中には、創業16年の歴史を持つ会社もありますが、その実力は総じて「低い」といわざるを得ません。
これまで、成都に進出した日本企業といえば、真っ先にモノづくりにたけたメーカーが思い出されます。例えばトヨタ自動車は、中国で最大規模の工場を成都に持っています。日本企業に先立ち、欧米の代表的なメーカーの多くは、すでに成都への進出を果たしています。それほど、成都における製造業は発達しています。
オフショア開発の分野では、欧米企業に軍配が上がります。古くから発達してきた欧米向けオフショア開発の実績とは対照的に、成都で日本向けオフショア開発が注目されるようになったのはごく最近のことです。ですが、2006年度にはNECの進出も決定しました。さらに、欧米からオラクルやSAPなどの超一流企業の進出も決まり、現在の成都ハイテク開発区は、飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びています。
勉強会で、いくつか面白い質問が出たので紹介します。
[Q1]
成都は産学連携の強みを生かしたハイテク産業に強みがあると聞いています。特にセキュリティ技術など、軍需産業で培われた実績をアピールしていました。ところが、西安でもまったく同じ話を聞かされました。いったい成都と西安は何が違うのでしょうか?
[A1]
ゲスト講師によると、大学の数を比べると恐らく成都よりも西安が多いとのことです。
ただし、中国政府が力を注ぐ西部大開発プロジェクトの中心は、四川省の省都である成都です。西安と成都を比べると、街の大きさが違います。国家的インフラ整備の対象都市としては、成都の方が厚みがあり、深みがあります。
[Q2]
西安は画像処理が強いと聞きましたが本音はどうなのでしょうか?
[A2]
西安に進出した欧米企業の影響だと推測されます。
同様の現象は、中国の他都市でも見受けられます。例えば、大連で大規模に事業を展開しているGEやデルは、大連全体の技術トレンドに大きな影響を与えました。一般的に欧米企業は、中国の各大学に多額の先行投資を続けています。そのため、中国の大学生は、欧米ITメーカーの製品・フレームワークを実践的に使いこなします。対照的に、日系IT企業の対中投資は甘いといわざるを得ません。
[Q3]
成都における日系企業に対するイメージはどうなのでしょうか?
[A3]
好き嫌いではなく、軽視されています。
特にIT系はまったく話になりません。前出のとおり、欧米系企業と比べて、投資スタンスがまったく違う点が問題だといわれています。一方で、物流が発生する製造業は頑張っています。特にトヨタ自動車やヨーカ堂の活躍は有名です。
今回は、成都オフショア開発の可能性と課題について言及しました。成都というと、パンダ・三国志・麻婆豆腐くらいしか思い浮かばないかもしれませんが、これまで大連と比べて日本向けのアピールは弱かったのも事実です。関係者によると、昨年から急激に力を入れ始めるようになったといいます。
成都は歴史的に重工業が盛んな街です。また、欧米向けオフショア開発の実績もあり、中国西部大開発の拠点として、これまで日本円に換算して7兆円以上もの資金が国内外から投下されています。
ただし、日本向け人材の不足は否めず、北京・大連・上海と肩を並べる日が来ることはないでしょう。成都では、今後も欧米中心の考え方が変わることはありません。だからこそ、そこに目を付けた日系企業の活動が水面下で活発化しています。しかし、日系IT企業の成都への投資スタンスを調べると、あらためて日本企業の課題が浮き彫りになります。
・日系商社・製造業の悩み
ITリテラシーの低さ
・商社系SIerの悩み
日本国内ビジネスで手いっぱい。海外に強い商社の強みを十分に生かせず
・大手SI企業の悩み
オフショアコスト低減のビジネスモデルから脱却できない
オフショア開発勉強会の第2部「投資対象の視点から見た成都の相対評価」を担当した岡田太郎氏は、中国進出を狙う日本企業に対して次のように警鐘を鳴らしました。
「中国では、欧米からのMBA帰国組が中心となって経営中軸の国際化・合理化が進んでいます。中国における日本企業のステータス低下は否めません」
大連や成都をはじめ、西安、蘇州、無錫、青島など中国の地方都市による日本企業への誘致合戦はますますエスカレートする一方です。独立系の中小ソフトハウスでも、条件が整えば簡単に中国進出できるようになりました。
一方で、いまでは国際感覚に優れた中国企業の台頭が目立ってきており、生産性でも日系企業を凌駕(りょうが)する地元企業が出現しています。せっかく中国に進出したものの、現地企業との熾烈(しれつ)な生存競争に敗れて利益を出す前に中国から退場させられる日系企業も増えるでしょう。成都における日本向けオフショア開発は、決してやさしい道のりではありません。
幸地 司(こうち つかさ)
アイコーチ有限会社 代表取締役
沖縄生まれ。
九州大学大学院修了。株式会社リコーで画像技術の研究開発に従事、中国系ベンチャー企業のコンサルティング部門マネージャ職を経て、2003年にアイコーチ有限会社を設立。日本唯一の中国オフショア開発専門コンサルタントとして、ベンダや顧客企業の戦略策定段階から中国プロジェクトに参画。技術力に裏付けられた実践指導もさることながら、言葉や文化の違いを吸収してプロジェクト全体を最適化する調整手腕にも定評あり。日刊メールマガジン「中国ビジネス入門 〜失敗しない対中交渉〜」や社長ブログの執筆を手掛ける傍ら、首都圏を中心にセミナー活動をこなす。
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