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なぜ、いまTD-CDMAなのか 〜技術の生みの親に聞く(後編)

» 2004年02月17日 14時55分 公開
[杉浦正武,ITmedia]

 TD-CDMAの特徴の1つは、メガビットオーダーの“モバイルブロードバンド”を実現できること。今回は、TD-CDMAがいかにして高速化を実現しているかを考えてみよう。

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 前回に引き続き、慶応義塾大学理工学部情報工学科、工学博士の中川正雄教授に話を聞く。同氏は、1991年に国内でTD-CDMAを提案し、技術の生みの親とされる人物だ。

「HSDPA」とTD-CDMAはどう違うのか

 高速無線通信を実現する技術として、期待されているのは、TD-CDMAばかりではない。たとえば、W-CDMAの推進機関である3GPPが標準化した、「HSDPA」なども注目の無線技術の1つだ。同技術は、NTTドコモが研究を進めていることで知られている(記事参照)。

 TD-CDMAとHSDPAを比較した場合、どちらがどう優れているのだろうか。……実は、TD-CDMAとHSDPAは、それぞれ異なった方向性で高速化を目指しており、単純に比較できる存在ではない。今回は、両者の違いを比べることで、それぞれの特徴を浮き彫りにしてみたい。

帯域を増やすか、電力を上げるか

 中川氏はまず、伝送速度を向上させるには2種類の方法があると話す。つまり「通信に利用する帯域幅を拡張する」か、「送信電力を上げる」かのいずれかだ。

 これは、いわゆる「シャノンの定理」によって説明がつくのだが、その詳細は以下の囲みを参照してほしい。

伝送速度と、シャノンの定理

 シャノンの定理によれば、伝送速度の限界は以下のように与えられる。この式は、「S/N>0である限り、帯域幅を大きくするか、送信電力を増せば、情報をより高速で伝送することができる」ということを示している。

 C=W log2(1+S/N)

 C:スループット W:帯域幅 S/N:通信時のS/N比

 より具体的に説明しよう。“帯域幅を大きくすれば、最大スループットが上がる”というのは、特に抵抗なく理解できるだろう。式からも、Wの値を大きくすればCが大きくなることは、自明だ。

 一方、“送信電力を増せば、最大スループットが上がる”という部分は、少々説明が必要かもしれない。式から単純に読み取れるのは、“S/N比を上げれば、最大スループットが上がる”ということ。これが、送信電力とどうつながるのか。

 シャノンの定理ではS/N比は、情報伝送に関わる電力の比として定義される。S=受信電力は、送信電力が通信距離などに応じて低下したもの、を指す。そしてN=ノイズ電力は、受信状態の環境のノイズレベル(たとえば、周囲にどれだけ雑音を発生させる電子機器があるか)を指す。

 送信側としては、外界のノイズレベルを制御するわけにもいかないから、ひとまずは送信電力を上げることで、S/N比を上げることになる。つまり、送信電力を上げる=S/N比を上げる=最大スループットを向上させる、ということになる。

 前者のように、“帯域を拡張する”ことで通信速度を上げようというのが、クアッドスペクトラムADSLや、UWBなどの基本的な考え方。そして、TD-CDMAの考え方でもある。TD-CDMAでは前回触れたように、与えられた帯域を上り下りに非対称に割り当てることで、間接的に“下り用の帯域”の割合を増やし、下り速度を向上させる。

 一方、後者のように“信号電力を上げる(S/N比を上げる)”ことで高速化を狙う考え方もある。「信号電力を上げれば、16QAMなどの高速な変調方式が使えるようになる」。HSDPAでも、変調方式を柔軟に変えることで(用語参照)帯域を拡張せずに高速化を実現するが、「後者の考え方だ」と中川氏は話す。

 ここまで見れば、HSDPAとTD-CDMAが、コンセプトの異なる高速化技術であることが分かるだろう。中川氏は、TD-CDMAにHSDPAの考え方を組み合わせることも、「もちろん可能だ」とした。

やはり、帯域を拡張する方が“得”

 上記の議論をふまえた上で、中川氏はやはり、HSDPA的な考え方よりも、TD-CDMA的な考え方の方が優れていると説く。

 理由は次のとおり。シャノンの定理を見ると、W(帯域)を大きくすれば、C(スループット)はリニアに上昇することが分かる。

 しかし、S/N比の頭には「log2」がついている。このため、送信電力を上げてSの値を大きくしても、その効果がCの値を大きくすることにつながりにくい。「ワット数を10倍にして、S/N比を苦労して引き上げても、Cはそのまま10倍にはなってくれない」(同氏)。

 このため、「S/N比を向上させようという考え方は、損だ」と中川氏。TD-CDMAのように、下り帯域の割合を増やす発想の方が優れるとした。

「上り速度」とのかねあい

 ところで、ここまで読んで疑問を抱いた読者もいるかもしれない。確かにTD-CDMAは、上り下りを非対称にして、擬似的に下り帯域を“拡張”できる。だが、これは上り回線の犠牲を伴う。

 TD-CDMAでは通信時間を15スロットに分割する。たとえば、上りに1スロットしか割り当てなければ、下りに14スロットを割り当てて、高速化することが可能。このとき、当然ながら上りは低速化する。問題は、上りの通信速度を、それほど軽視していいものかということだ。

 この点を中川氏に尋ねると、「難しい問題だ」との答えが返ってきた。

 「個人的には、人にそういった内容の質問をされると、『メールフォルダを考えてください』と答えている。送信済みメールのフォルダと、受信済みフォルダを見て、どちらが多くのメールが入っていますか? と話す」。

 とはいえ中川氏は、テレビ電話などの双方向通信、P2Pアプリケーションなどが普及すれば、上り速度の重要性が高まることも認める。そうなると、下りの帯域の割合を増やすといっても、限度が出てくることになる。


 こうした悩みを一掃したいなら、最終的にはTD-CDMA用に十分な帯域を与えるしかない。これが実現すれば、上り下りの帯域配分など考慮せずに、十分な通信速度を確保できる。現に、TD-CDMA参入を目指す事業者からも、“将来的なTD-CDMAの帯域拡張”を要求する声が上がっている(記事参照)。


再掲:国内での、IMT-2000の周波数割り当て(クリックで拡大)

 もっとも、これは「電波割り当て」をどう考えるかという、行政レベルの問題になる。無線の周波数帯は有限であるため、これをどう配分するかは極めて難しい。海外では、“周波数はビジネス”と割り切り、各帯域をオークションにかけて切り売りしている、という実態もある(記事参照)。

 そんな中で、純粋に技術の観点から、より高速な通信を実現するための解決策を考えるなら、「限られた帯域幅を、どうやって最大限有効活用するか」を突き詰めていくしかない。TD-CDMAでは、繰り返しになるが、上り下りの非対称性を実現して周波数帯の有効利用が可能。これが、技術の原点であり、最も重要なところだ。

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