コラム
» 2009年03月02日 08時30分 UPDATE

小寺信良の現象試考:テレビを面白くするいくつかの奇策 (1/3)

「テレビがつまらなくなった」と言われて久しい。テレビが変わったのか、私たちが変わったのかはともかく、「面白くない」という問題を抱えていることは確かだ。

[小寺信良,ITmedia]

 テレビがつまらなくなった、という意見がネット上で散見されるようになって久しい。一方でテレビは変わっていないのだ、我々の生活が変わったのだ、とする意見もある。相反するこの2つの意見は、どちらも今のテレビの問題を言い表わしている。

 本質的にはみんな、テレビが面白かった時代を知っている。面白いものは、みんな大好きなのだ。ある意味昨今の批判的な態度は、テレビに対する叱咤激励であり、面白くなればまた人が戻ってくる可能性を秘めているのではないかと思う。

 テレビがつまらなくなった、それは1つの事実である。では、なぜつまらなくなってしまったのだろうか。近視的に言えば、番組予算がなさすぎである。筆者はバラエティ番組の制作経験がまあまあ長いのだが、最近のいくつかのバラエティ番組を見て、つくづく安いなぁと思う。

 例えばスタジオ収録物でもカメラのカット割りを見ていると、全体を写した構図、いわゆる「引き絵」がない。引いたと思ったら、左右が見切れている。この時代、ハイビジョンサイズ未対応は言い訳にならない。

 また、昔に比べてゲストの座り位置がものすごく密集している。大きなセットが組めなくなっているのだろう。お笑い番組でも、漫才やトークなど、1セットで行けるものばかりである。コントはスタジオ費やセット、衣装がかかるので、あまりやらせてもらえないようだ。歌番組がほとんど存在しないのも、同様の理由からだろう。

テレビが面白くない理由

 予算がなければ面白い物が作れないのか、という本質的な疑問も当然あるだろう。長寿番組の中には、低予算ながら面白いものを作り続けているところもある。しかしそれらは、「低予算番組」というスタイルを作って継続したから、いまだに通用するわけである。

 これは今テレビ局内でエラくなっている人たちが、低予算での番組作りの経験がないというところが一番大きい。80年代は「オマエら頭ねえんだから金使え!」とハッパかけられていた、そういう時代だった。一方で当時のテレビ東京では、「オマエら金ねえんだから頭使え!」と至極真っ当なことを言われ続けた結果、今がある。

 昔のテレビ番組とはすなわち、多大な金と時間をかけてバカをやって見せた、そういうものだったのである。バカの部分は、ロマンを追うとか違うものにいろいろ置き変えてみると、なんでも当てはまる。

 1つ思い出話をしよう。ある番組のスペシャルで、タレントが戦車に乗ってガソリンスタンドに行き、「これ、洗車(戦車)」というだけのギャグを撮ることになった。陸自から戦車を借りる算段を付け、公道を走るために陸運局に仮のナンバープレートも申請した。警察に道路使用許可を取るまで進んだが、自治体からの「道路が傷むからダメ」というクレームでダメになったことがある。

 たったこれだけの、しかも面白いか面白くないか撮ってみないと分からないものへ、何人も動いて手はずを整えるだけのパワーが、昔のテレビにはあったのである。これはまだ、バブル前の話だ。モチベーションの問題とも言えるが、金も名声も手に入るから、これだけのパワーを産んだわけである。

 一方で現場の、下請けというと失礼だが、制作会社や撮影会社、ポストプロダクションには、別の構造的な問題がある。作り手の世代交代が行われていないことだ。筆者が勤めた編集マンの話をすると、80年代のころは、テレビの編集マンは30歳でアガリと言われていた。つまりそれぐらいになると徹夜続きの現場に付いていけなくなるし、才能のある若手がどんどん台頭してくるので、管理ポストへ異動するわけである。

 しかし、バブルが崩壊したあたりから、事情が変わってきた。現場に若手が入っても、すぐに辞めてしまって続かない。したがって今では30過ぎても40過ぎても、自分より年下の局プロデューサーに薄くなった頭を下げながら、同じ現場で同じ立場で仕事を続けている。

 昔のテレビ業界には、頑張れば上に行けるという、ある意味天井知らずのところがあった。しかし30歳で現役引退してスケジュールの線表引っ張っているだけの上司を見て、若手が夢が持てなくなったということも構造的な問題といえるだろう。全盛期に人を取りすぎたせいで、上がつかえてしまったわけである。

 それでも面白いことがやれる、とかならまだ人は付いていくものだが、すでにそのころから、若い人が面白いと思うものとテレビ番組的に面白いとされるものに、ズレが生じ始めていく。90年代前半の頃である。

 このころ若手として入ってきた人材は、子ども時代にファミコンがあった世代である。自分が制御権を持つ娯楽に慣れた目からすれば、テレビのように決まった枠の中で一方的に流れてゆくメディアは、古くさく見えたのだろう。才能のある若手ほど、テレビから離れていった。テレビにこだわらなくても、ゲームやDVDなど、ほかに活躍の場ができたのである。例えば映画の予告編で日本を代表する編集者の白仁田康二氏も、90年代にテレビでは開花できなった才能を持ってスピンアウトした一人だ。

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