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第2章-3 アンドロイドが問う「人間らしさ」 石黒浩教授人とロボットの秘密(1/2 ページ)

» 2009年05月22日 15時06分 公開
[堀田純司ITmedia]

人とロボットの秘密

 ロボット工学を「究極の人間学」として問い直し、最前線の研究者にインタビューした書籍「人とロボットの秘密」(堀田純司著、講談社)を、連載形式で全文掲載します。

バックナンバー:

まえがき 自分と同じものをつくりたい業(ごう)

第1章-1 哲学の子と科学の子

第1章-2 「アトムを実現する方法は1つしかない」

第2章-1 マジンガーZが熱い魂を宿すには

第2章-2 ロボットは考えているのか、いないのか


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人間とはなにか。なにが人間らしさをもたらすのか

 なにが人をして「人間らしい」と感じさせるのか。たとえばフェラーリの車やヴァイオリンなどの楽器が女性的な曲線を持ち、人間的な親和力を醸し出していることは広く知られているが、今までこうしたデザインはデザイナーの直感に任されてきた。しかし直感は、あくまで個人の感性の領分であり、万人が扱える技術とはならない。

 教授は感性にゆだねられる直感ではなく、人間らしさを工学のモデルとして獲得しようとしている。そして「それはたぶん意識できないレベルにある」と指摘する。

画像 石黒教授が開発したアンドロイドRepliee R1 外見を人間に近づけるため、実際に女の子の全身の型をとり、成型された。高感度皮膚センサーを装備し、接触の強弱も測定することができる。画像はモデルになった女の子とRepliee R1 (画像提供:石黒研究室)

 その知識を得るために、まず子どものアンドロイド「Repliee R1」がつくられた。しかし子どもでは、ボディが小さすぎたため、アクチュエーター(油圧、気圧などのエネルギーを動きに変換する機械)を少数しか搭載できず、そのためにアンドロイドの動きは、まだまだ不自然だった。

 そうすると、見た人の反応はどうだったか。教授のアンドロイドを見た子どもは、すごくおびえたのである。そこで教授が思い当たったのが「不気味の谷」の概念だった。

「不気味の谷」とは、石黒教授の師であり、日本のロボット開発の先駆者である森政弘氏が提唱した概念である。

 ロボットの外見や動きが精密になればなるほど見る人の親密度は増す。しかし、それがある段階までくると親密度は激減してしまい、逆に不気味に感じるようになる。そこを越えて、人間と区別できないところまで外見や動きがリアルになれば、親密度がまた急上昇して最大になるだろうという説だ。

 子どものアンドロイドで不気味の谷に到達した石黒教授は、今度は谷を突破しようとして成人の女性のアンドロイドに取り組んだ。

 人は、いったいなにに人間らしさを感じているのか。人間らしさとは、どこに存在しているのか。

 たとえばアンドロイドに高感度のセンサーを入れて、ふれると嫌がる動作をするようにする。そうすると非常に人間に近づくのだが、やはりどこか不自然で違う。人間は触覚だけではなく、聴覚や視覚など、いろいろなセンサーを使って反応しているので、触覚だけのアンドロイドより反応ははるかに複雑なのである。


画像 ReplieeQ2 大阪大学と、ロボットの研究や開発、製造、販売を行う企業ココロとの共同開発で生まれた。2005年愛地球博「プロトタイプロボット展」にて展示、世界的な注目を集めたRepliee Q1expoを、さらに改良したアンドロイド 撮影:金澤智康

 しかしその不自然さが大切で、とにかく不自然さに理由を見つけると、すぐにそれを工学的に反映させ、アンドロイドをどんどん人間に近づけていく。そうした過程を経て、やがて「人間らしさをもたらしているものは、なにか」という本質的な問題が見えてくる。

「大事な点は、技術が上がれば上がるほど課題も難しくなってくるところだ」と、教授は指摘する。たとえば教授のアンドロイドのふるまいを、「これは人間とは違う」と直感することはできる。しかしアンドロイドが高度になってくると、直感的に「これは人とは違う」と違和感を覚えても、具体的にどこが違うかその理由を指摘できなくなってくるのだ。そのために教授は、今度は人間研究の専門家である脳科学者や認知科学者と共同して研究にあたる。

 ただ、やはり専門家でも「人間の動きをつくり出している脳の完全なモデルを知っているか」というと、それはまだ把握できていない。だから臨床的に「この動きはおかしい」と指摘できても、具体的にどこがおかしいのかその原因は指摘できなくなってくる。


画像 Repliee Q2は周囲に設置された全方位カメラ、マイク、床センサーなどを用いて周囲の人の動作や位置などを認識することができる 撮影:金澤智康

 だから脳科学にも、がんばってもらう。認知科学にもがんばってもらう。で、われわれもがんばってその結果を実証する。彼らの知見をもとに仮説を立てて、それをロボットで実証できれば、本物の技術になる。「人間らしさとはなにか」「人間とはなにか」という課題をアンドロイドをつくることで検証し、つくることでまた新たな脳科学的、認知科学的な問題を見つけていくわけです。だからこのアンドロイドで研究していることは、実は人間理解なんですよ。本物の人間理解をやりたいと思っているわけです。

 脳科学者や認知科学者が我々のロボットを使って新しい問題を見つけて、我々は彼らの知見でより進んだロボットをつくる。互いに仮説を持ち寄って互いに検証する。そういう新しい研究分野をつくりたいんです。この分野を僕はアンドロイドサイエンスと呼んでいます。

 アンドロイドの研究は、すでにこうした人間研究の専門家との協同を必要とする水準に到達しているのだ。

アンドロイドサイエンスが導く人間観

 たとえば教授の共同研究者は、幼児が母親の存在を確認するために行う発話が、情報量最大化の理論をもとにモデル化できることを発見した。こうした研究の成果を投入すれば、現時点でも相当に高度な対話を、相手に機械とは気づかせずに行うプログラムをつくることが可能になる。

 だがしかし、従来の研究領域であれば、心理学ではそこまでの人間のモデル化は行わず、かといって工学の世界では「それはなんかちょっと心理学に近いね」などと言われてしまう。

 だからもう既存分野の範囲内で研究を行うのではなく、新しい分野としてつくってしまうしかないのだという。「もう、工学は工学の中で閉じこもっていても、新しいものは出てこない」と教授は語る。

 教授のポリシーとして「古典的な研究に流されたくない」と考えているのだそうだ。古典的な研究に流されず、ロジカルに考えて正しいと感じたことをちゃんと推し進めれば、最初は自分だけ違うことを言っているようでも、やがては世の中も変わってくる。

 実際、その変化はすでに起こっており、アンドロイドサイエンスのワークショップを大きな国際会議のサテライトで開いたところ、アメリカやイギリスの有名な研究者がメインの会場ではなく、教授のサテライトの会場に来てしまった。

 研究者として、アンドロイドサイエンスはとてもおもしろいのだそうだ。たとえば教授は「1時間いっしょに過ごして、相手に人間だと思わせることができるアンドロイドは、あと100年かけてもできないだろう」と言うが、しかし2秒の時間であれば、相手に悟らせないことはすでに可能なのだそうだ。被験者に2秒間、アンドロイドを見せて「アンドロイドだと気がつきましたか」と問うとわからない。この2秒という時間感覚はけっこう長い。

 しかし重要なのは「気がつくか、気がつかないか」ではない。人間が相手を人間と認識しているとき、その反応は視線に現れるのだそうだ。人間が相手だと、人間は目線を真っ向からは向けずにそらすのである。

 おもしろいことに、被験者は「これはアンドロイドだ」と自覚していても、目をそらしてしまうのだ。つまりアンドロイドだと認識していても、無意識の領分では人間らしい存在感を感じてしまっているのである。

 どうやら人間の認識とは、自覚的に意識しているものは一部でしかなく、多くは無意識の領域で働いているらしい。だから「不気味の谷」といっても、それは「人間に似ているけどゾンビみたいで気味が悪い」などという簡単な話ではない。ものすごく複雑なのだ。

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