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アスナさんは“キリト君の心”をハックしている? 「劇場版ソードアート・オンライン」の危ないシーン新連載:アニメに潜むサイバー攻撃(3/5 ページ)

» 2018年05月22日 08時00分 公開
[文月涼ITmedia]

誰かがキリト君の食生活をハックしている?

F: 次に気になったのは、主人公のキリト君が自炊しながら「料理アプリが薦めてくれるレシピがパスタばっかりなんだ」というシーンですね。例えば、冷蔵庫やキッチンにある食材を管理する高度なシステムがあるとしましょう。だとすると在庫の食材の結果が具のないパスタなら、買い物に行かないキリト君がダメダメなだけです。しかし、おそらく妹の直葉ちゃんが買ってきてくれているはずなので、それはないはず。ということは「誰かがキリト君のスマートフォンアプリをハックして、意図的に不健康な食生活にしているんじゃね?」と思いました。

K: 地味な攻撃ですね。

F: 地味な攻撃をなめてはいけません。大抵のサイバー攻撃は、まずはバレないように緩やかに攻撃をします。パスワードを総当たりで確かめて突破する攻撃でも、侵入したシステムからデータを盗み出す攻撃でも、ゆっくりと攻撃を進めます。そうした意味では、地味な兆候を察知するのはサイバー攻撃では重要なことです。食のデータを改ざんする攻撃は、金銭やデータではなく、ターゲット本人を狙いたい攻撃者ならば十分、選択肢の1つになります。食べ物を使った事件自体はよくあるでしょう?

photo 食生活をハックされていたかもしれないキリト君(c)2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO MOVIE Project

報酬系による誘導と現実認識の浸食

F: 劇中では、AR/VRの未来における示唆的なせりふが多かったと思います

K: キリト君が、ARの専門家・重村教授のゼミに乗り込むところですか?

F: キリト君がAR機器「オーグマー」について「マシンによって付加された情報がユーザーの現実認識を浸食しかねないということです」と指摘していましたが、それだけでなく……。

K: 他にも?

photo キリト君がゼミに乗り込んだ重村教授(c)2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO MOVIE Project

F: VR空間の「紅玉宮」で、ユナが「夢も仮想世界も同じようなもの」と話していたり、せりふではありませんが、オーディナルスケールのゲーム内での活躍に応じて現実世界で使えるポイントやクーポンが得られるというシステムだったり……。

K: それがどのように関係するのですか?

F: 脳にとっては現実世界でも仮想世界でも「経験」に変わらない。人間は報酬=快感を与えられることで特定の行動を容認します。そこで何らかのステージにおいて報酬としてポイントやクーポンなどの広告でインセンティブを与える。これらのパズルのピースを組み合わせると人間の行動を制御できます。

 脳がインプットに対してどうアウトプットするかをベースにした、ニューラル・マーケティングというものもあります。オーグマーのビジネスモデルはまさにこれですね。

 そして現代でも、一般企業による広告ではありませんが、「広告」を使った現実認識の浸食というのは既に起こっています

 2016年の米国大統領選挙では、他国がSNSの広告を使って米国の有権者の投票行動をゆがめるというサイバー攻撃が起こりました。欧州を中心に幾多の選挙でも起こっているといわれています。広告(誘導する情報)、仮想空間(SNS)での議論(方向付け)、現実世界での政治活動や選挙へ参加による報酬(カタルシス)――こういったパズルのピースを組み合わせて、本来の自由意志に対して現実認識をゆがめる攻撃を成立させた。ましてや、覚醒状態で見ているSNSよりも、AR/VRはより多元的に脳を刺激するし没入感が高くなるので、さらにエスカレートしたものが今後起こるのではないかと思います。

photo (c)2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO MOVIE Project

 なお米国の例では、有権者の考え方に影響を及ぼす「意見広告」のようなものが使われました。これらは「問題提起」や「議論」を隠れみのにした攻撃で、明確な悪意の攻撃よりも取り締まりがしにくいのです。対処しようと手を付けることは、場合によってはコンテンツの内容に踏み込むことになり、「表現の自由」のゾーンに手を突っ込むことになりかねません。そのため対策に着手するコンセンサスを得るのが大変難しくなります。

 その場合、今すぐできる対策は、利用者が「攻撃の例を知り、そうした攻撃が起こるかもしれない」と常に意識を持つことしかありません。通常のサイバー攻撃が情報や金銭の詐取なのに対して、こちらは人々の考え方がターゲットなのです。影響は選挙を通して社会システムの構造変化まで及ぶので、その危険度は計り知れません。

K: かなり深い話ですね。

F: 「妄想乙!」といわれそうですが、興味がある方は「米国大統領選挙 サイバープロパガンダ」「ハイブリッド戦争」などと検索して、情報を漁ってみてください。インターネットは善意のコンテンツの図書館なだけではなく、既に国レベルのプロパガンダ攻撃の主戦場になっています。こうした攻撃は常に新しいツールを探し続けています。Web、メール、SNS、仮想通貨、その波がいずれ、私たちのオアシスであるVR/ARのステージに押し寄せてくるのです。

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