このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高いAI分野の科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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元Googleの研究者らが立ち上げたAIチーム「Archetype AI」が発表した論文「A Phenomenological AI Foundation Model for Physical Signals」は、あらゆる物理現象を理解し予測するAIモデルを開発した研究報告である。「Newton」と呼ぶこのAIモデルは、基本的な力学振動や熱力学実験から、都市の電力需要、日々の気温変化、変圧器の油温など、より複雑な実世界のシステムまで、高い精度でゼロショットで予測できる。
従来の物理現象解析用AIは特定の現象に特化して設計されており、異なる現象への応用が困難だった。例えば、流体力学用に設計したAIモデルをレーダー画像の解析に使用できなかった。
この課題を解決するため、研究チームは物理法則の事前知識を一切組み込まず、純粋にデータから学習する現象論的アプローチを採用。具体的には、電流や流体の流れ、光センサーなど、多様なセンサーから得た約5億9000万個の測定データを使用してAIモデルを訓練した。
このモデルの特徴的な点は、物理現象をセンサーデータの時系列として捉え、それを統一的な表現形式に変換する仕組みにある。まず測定データを分割し、それらをトランスフォーマーベースの深層ニューラルネットワークを用いて処理する。これにより、異なる種類のセンサーデータであっても、共通の埋め込み空間での表現が可能になる。
モデルの性能を検証する実験では、結果の解釈が容易で標準的なベンチマークとしても使用される基本的な系として、バネに質量を取り付けた振動子システムと、温度差から電流を生み出す熱電効果システムを用いた。また、都市の気象データ、国レベルの電力消費量、変圧器の油温など、より複雑な実世界のデータを用いた。
実験の結果、開発したモデルは訓練データに含まれていない物理現象であっても、その振る舞いを高い精度で予測できることが判明。特に注目すべきは、このモデルが特定の現象のデータのみで訓練した専用モデルを上回る性能を示したことだ。例えば、変圧器の油温予測で変圧器データのみで訓練したモデルよりも優れた予測精度を達成した。
これらの結果、個別のアプリケーションごとに異なるAIモデルを訓練する必要がなくなり、新しいユースケースに必要なトレーニングデータと計算リソースを大幅に削減できる。また、観測データから直接物理的な振る舞いを学習できることで、人間の介入なしに新しい環境や要件に適応できる自律システムの開発が可能になる。
Source and Image Credits: Lien, Jaime, et al. “A Phenomenological AI Foundation Model for Physical Signals.” arXiv preprint arXiv:2410.14724(2024).
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