このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高いAI分野の科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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米MetaのAI研究部門・FAIRに所属する研究者らが発表した論文「Global Lyapunov functions: a long-standing open problem in mathematics, with symbolic transformers」は、安定性を保証する「リアプノフ関数」の発見という、数学者が1世紀以上も悩んできた数学問題にAIで検討した研究報告である。
「力学系の安定性」は数学における基本的かつ重要な問題だ。ニュートンやラグランジュが18世紀に研究を始めて以来、ポアンカレなど多くの数学者を魅了してきた。
ここでいう安定性とは、外乱や初期条件が変化しても元の状態に戻ろうとする性質のことである。この安定性を数学的に証明するためのツールがリアプノフ関数であり、システムが安定な場合はこの関数の値が時間とともに減少していく性質を持つ。例えば、丸い底の器に置かれたビー玉は安定し、少し押されても元の位置に戻ろうとする。
1892年、ロシアの数学者であるアレクサンドル・リアプノフは、システムが安定であることを保証するためには、エントロピーに似た関数(後にリアプノフ関数と呼ばれる)の存在を示せばよいということを発見した。
しかし、この発見には大きな課題が残された。一般的なシステムに対してリアプノフ関数を見つける方法が難しいのである。この問題は130年以上たった現在でも未解決のまま残されている。
研究チームは、この問題に機械学習の手法でアプローチした。まずランダムにリアプノフ関数を生成し、そこから安定なシステムを作り出すという方法である。この手法で大量の訓練データを生成し、それを用いて変換器のトランスフォーマーモデルを訓練した。
研究チームが開発したAIモデルは驚くべき性能を示した。多項式システムのテストセットでは99%という高い精度を達成し、さらに、訓練データとは異なる分布のテストデータに対しても73%という高い性能を示した。また、300個程度の既知の解を訓練データに追加することで、性能を84%まで向上させられた。
実際の未知のシステムに対する性能も検証された。多項式システムについては、ランダムに生成された問題の約10%でリアプノフ関数を発見することに成功。これは従来の数値解法(約2%)の約5倍の性能である。さらに、これまで解法が知られていない非多項式システムについても、約13%のケースでリアプノフ関数を発見できた。
モデルの処理速度も高く、従来の数値解法が1つのシステムの解析に平均約16分かかるのに対し、開発したモデルは数秒で解を提案できる。また、人間の数学者との比較も行われ、数学修士課程の1年生25人に多項式の問題セットを解かせてみた結果、正答率が約9%だったのに対し、モデルは同じ問題セットで84%の正答率を達成した。
Source and Image Credits: Alfarano, Alberto, Francois Charton, and Amaury Hayat. “Global Lyapunov functions: a long-standing open problem in mathematics, with symbolic transformers.” arXiv preprint arXiv:2410.08304(2024).
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