これらの意見を整理すると、両者が根本的には対立していないことが分かる。プロンプトエンジニアリングが残るという立場を取る人々も、AIモデルが進化し、ささいな言い間違いを気にする必要がなくなったことは否定していない。
彼らが必要だとしているのは、人間が指示の目的や文脈を明確に伝え、AIを戦略的に導くためのインプットを行うこと。また人間だけが持つ、創造性や感情といった側面をAIに与えること。それが彼らの言うプロンプトエンジニアリングであり、逆にプロンプトエンジニアリング不要論を唱える人々も、こうした要素を人間が考えることの必要性を否定しないだろう。
さらには生成AIの急速な普及により、仕事やプライベートの多種多様な場面において、AIに指示を出すことが増えている。そこで入力するプロンプトは、確かに以前、数千万円もの年収をもらっていた人々が編み出していたようなものではないかもしれない。
しかしそれでも、生成AIを安全かつ効果的に使うために知っておいた方が良い知識というものは存在しており、その意味でプロンプトエンジニアリングは、専門家だけでなくあらゆる人々が身に付けておくべきスキルになるのだと考えられるだろう。
ディズニー映画「ファンタジア」にこんなシーンがある。魔法使いの弟子になったミッキーマウスが、師匠である魔法使いの留守の間に、モップに魔法をかけて彼らに掃除させようとする。魔法は成功し、モップたちは働き始める。しかしミッキーマウスがうたた寝している間に、部屋中が水浸しになっていた。ミッキーが「きれいになったら掃除を止めるように」と指示していなかったために、モップたちがずっと水を床にまいていたのだ。
プロンプトエンジニアリングを巡る過去と現在の状況を、このシーンで例えてみよう。
ミッキーは私たちユーザーで、その指示で働いてくれるモップたちが生成AIだとすると、かつてミッキーは、モップを動かすための魔法の呪文を覚える必要があった。時は流れ、モップの方が賢くなり、呪文を研究する必要はなくなった。いまやミッキーは、普通の話し言葉で指示するだけで、モップを自由に操作できる。
だからといって「ファンタジア」のシーンがもはや起こり得ないというわけではない。話し言葉で指示を出せるようになったとしても「きれいになったら掃除を止めるように」と注意しなければ、モップが床を水浸しにしてしまう可能性は残る。
つまり「魔法の呪文を覚え、正しく詠唱する」という意味でのプロンプトエンジニアリングは不要になったものの「こちらの意図を正しく伝え、過不足なく目的を達成するための指示」を考えるという意味でのプロンプトエンジニアリングは、まだまだ必要というわけだ。
私たちの指示に従うモップたちは、ますます日常生活の中に浸透し始めている。新しい意味でのプロンプトエンジニアリングは、全ての人々にとっての必修科目として続いていく──AIたちが人間並みの「常識」を身に付けるまでは(それもすぐに達成されるだろうが)。
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