さて、ほぼ同時期に「AI」に対する悲観論と楽観論が、それも業界で注目される企業と人物から出されたということで、これらの予測を対立するものとして捉える向きもある。しかしここまでの解説から分かるように、2つの主張は決して真正面からぶつかるものではない。
The Illusion of Thinkingは、「AGIに至る道ではないか」として注目され、最近各社が競うように開発を進めている推論モデルが、実は期待に応えられるような技術ではないのではないかと指摘した論文だ。
一方でThe Gentle Singularityは、確かにアルトマンCEOのポジショントーク、つまりAIの高度化を進める自分たちへの支持を呼び掛けるものかもしれないが、既存のAIモデルが実利を生み出しつつある現状を指摘する内容となっている。
現在の「推論」モデルは、人間のようにあらゆるタスクをこなせるという意味での「思考している」とはいえないかもしれない。しかし、そうでなかったとしても、特定のタスクや領域、そしてユースケースにおいては、AIは人間を超えつつある。
つまりこの2つの論文は、異なる評価軸(「LRMは本当に推論しているといえるか」と「シンギュラリティは徐々に、緩やかなスピードで始まっているのではないか」)から、否定と肯定というそれぞれの結論を下しているにすぎない。
そもそも2つの論文は、お互いを意識して書かれたわけではないのだから当然だ。しかし両方を同時に取り上げるのが無意味かというと、そうとも言い切れないのではないだろうか。
何を評価軸に置くかは別にして、いまAIが多方面に変革をもたらすほど進化しつつあるということを否定する人はいないだろう。人間のように「考えて」はいないかもしれないが、80点の精度で翻訳をし、80点の精度でコードを書く。乱暴に言ってしまえば、それが現在のAIだ。
その現状を見て、「いよいよAIは人間のように考えられるようになり、それを人間よりも上手にできるようになった。人間の社会は終焉するか、少なくとも多くの人々が職を失うに違いない」と考えるのも間違いなら、「AIは考えているふりをしているだけで、人間のように考えているわけではない。AIで仕事やビジネス、業界を変革するなどできっこない」と考えるのも間違いだろう。
しかし昨今のAIブーム、あるいは生成AIブーム、AIエージェントブームにより、その両極端の意見が出ているのが現状だ。それが行き過ぎたことで、過度な楽観論と冷静な科学的検証のバランスを取ろうという反動によって2つの主張が生まれたのが、25年6月というタイミングだったのではないだろうか。
少々言いすぎてしまったかもしれないが、いまのAIがどこまで革命的な変化をもたらすのかという点について、異なる視点から異なる主張が行われているのは事実だ。そんな混沌とした状況にいまの私たちが置かれていることを、2つの主張は示しているのだろう。
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