望まない家庭環境。望まない配属部署。望まない人間関係――自分で変えられない「望まない環境」に置かれたら、どう対処したらいいのでしょうか?
前回は、人が人を支配しないヨコの関係について紹介しましたが、ここからはアドラー心理学の「理論」をお話ししましょう。
「個人心理学(Individual Psychology)」の通称。ユダヤ系オーストリア人の心理学者アルフレッド・アドラー(1870〜1937)と、その後継者たちによる心理学の「思想」「理論」「技法」を指す。
理論とは科学的にいうと「仮説」のことです。「AをするとBになるだろう」というもので、「絶対的な真理」ではありません。ひっくり返されることもあるわけです。アドラー心理学でも、「AはBになり、CはDになるという法則で動いているのではないか」と考えます。その方が治療に効果があると考えるからです。また、「技法」は「理論」を実践するための具体的な手法です。
アドラーの「理論」(=「仮説」)についてはいろいろな分け方があるのですが、私は表のように5つに分けました。
1つ目の「創造的自己(Creative Self)」から見ていきます。
「創造的自己(Creative Self)」とは自分のすることは自分で決めている、という考え方です。今でこそ当たり前ですが、戦前は「親がこの仕事をしているから」とか「どうせ運命だから」という考え方が多かったのです。これは「決定論」といって、「創造的自己」と反対の考え方です。
「創造的自己」では、不安や憂うつといったものも、たとえストレスや大変な状況があったとしても、最終的には自分でその症状を選んでいる、とします。例えば、暴力的な親に育てられた兄弟でも、精神症状を出している子もいれば、ピンピンして前向きに生きている子もいる。このような例から、同じ環境に育っていても、最終的には自分で自分の症状を選んでいると考えるのです。
アドラーやフロイトに師事した、ユダヤ人の心理学者ヴィクトール・エミール・フランクル(1905〜1997)による著著『夜と霧』には、アウシュビッツに収容された時の自身の実体験が書かれています。
アウシュビッツに入れられた人たちは皆、自分の意志で入所したわけではなく、出られるかどうかも自分では決められません。自分の意志で何も決められない悪状況の中で、希望を失って死んでいく人と希望を持ち続けて生きている人がいる。そこにどんな違いがあるのかをフランクルは考えます。
すると、「ここから抜けられないし、いつ死ぬか分からない。自分ではどうしようもないんだ」と諦めた人は死んでいくし、「絶対いつか出られるし、出た時には、この大変な体験を世の中の人に伝えることで、もう2度とこんなことが起きないようにしよう」といった決意をした人の多くは生き残った、と考えました。
つまりフランクルは、どんなに悪い状況の中でも、その状況に対する態度は、自分の意志で決められると考えたのです。
私のクライアントに、統合失調症で十数年、幻覚や幻聴に悩まされている女性がいました。目の前に見える何人かの男の人が性的いたずらをしてきたり、叫び声が聞こえたりといった症状が出ます。これらの幻覚や幻聴はなくなりませんが、1回のカウンセリングで、その幻覚や幻聴とどのように付き合っていったら良いのかを、彼女は分かってきました。
そして、非常に不安に感じている心理状態のまま、どうやってその人たちとうまく折り合いをつけていくかと彼女は考え始めました。そこで何をしたかというと、自分の体験やそこから来る心理状態を閉じ込めておくのではなく、広く外に向かって伝えるため、本にすることにしたんです。
本を出すことによって、自分と同じように悩んでいる人たちに、「こんな状況でもやっていけるんだ」と伝え、励ますための材料に使おうと決意したのです。本を出すことによって症状がよくなるわけではないけれど、自分に症状が表れていることを有意義に使おうと考えたのですね。
ビジネスレベルでは、次のような場合もあるでしょう。
例えば、20代で会社に入って、60代で定年を迎えるまで約40年間、すべて自分のやりたい仕事をやれるわけではないです。行きたくない部署に行く時もあるでしょう。その時に、「なんでこんな部署になってしまったんだ」とか「こんなことをやりたかったわけじゃない」と思うだけだと、いつまでも外的状況に翻弄されます。
そうではなくて、「望んだ部署ではないけれど、ここでやれることはなんだろう」とか「この部署で自分の価値観を生かすにはどうすればいいだろう」とか、あるいは、本当にその部署が嫌だったら、「どうしたらこの部署で結果を出して、いち早く自分のやりたい部署に行けるだろうか」と考えるべきではないでしょうか。そうできる人は創造的自己を発揮できるし、それができなければ運命に翻弄されるだけです。
雨が気に食わないからといって、止むようにすることはできない。じゃあ、どうしたらその雨を楽しむことができるか、もしくは雨にぬれずに済むか、という発想をしていくことでカウンセリングは成立していきます。
次回は「目的論」についてお話しします。
ピークパフォーマンス 代表取締役
平本相武(ひらもと あきお)
1965年神戸生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了(専門は臨床心理)。アドラースクール・オブ・プロフェッショナルサイコロジー(シカゴ/米国)カウンセリング心理学修士課程修了。人の中に眠っている潜在能力を短時間で最大限に引き出す独自の方法論を平本メソッドとして体系化。人生を大きく変えるインパクトを持つとして、アスリート、アーチスト、エグゼクティブ、ビジネスパーソン、学生など幅広い層から圧倒的な支持を集めている。最新著書は「成功するのに目標はいらない!」。コミュニケーションやピークパフォーマンスに関するセミナーはこちらから。
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