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» 2009年03月23日 12時40分 公開

青森県の「道の駅とわだ」で見た、Mac好き駅長の自作メールシステム――7000万円の経済効果カイゼンの現場(2/3 ページ)

[鷹木創,ITmedia]

PC-98を買いに行ったのに手元にはMac――コンピュータの原体験

オフィスにて。今でこそWindows PCを利用しているが、原体験は「Macだった」という

 サンチョを作った苫米地さんは、1968年に十和田市で生まれた。地元の八戸工業大学第二高等学校を卒業し、中央大学法学部に進学している。「八戸工業大学の付属校ですけど、文系クラスでした。大学でもシャープのワープロ、書院を使っていたぐらいです」。とはいえ、「これからはコンピュータを覚えなきゃいけないのではないか」との危機感もあった。

 1989年、NECのPC-9800Nを買いに秋葉原に出かけた時である。1台のコンピュータが目に留まった。スタイリッシュなコンパクトボディが印象的な「Macintosh SE/30」だった。「40万円ぐらいかかりましたが、結局SE/30を買っちゃいました」。キヤノンゼロワンショップでPhotoshopやPagemakerを購入して、「ワープロ代わりにDTPの真似事をしていました」という。

 その後、Windows PCも購入。1993年には地元で食品関連の商社である三本木商事に就職した。同じころ、WebブラウザのMosaicにも触れて、インターネットにも興味を持つようになった。そんな矢先、義兄が地元でISPを設立することになる。「MacやPCのことはひと通り知っているつもりだった」ので一枚かませろとばかりに、半ば強引に手伝うことになった。

 分かっているつもりの苫米地さんが驚いたのは、設立準備に参加したエンジニアの技術力だった。BSD UNIXのコマンドをビシビシ打ち込む姿に「何をやっているのかまったく分からなかった」――。「今考えると、Webサーバも理解できなかったので当たり前ですよね。PCがちょっと使えるからって天狗になっていたんです」

 1994年の秋ごろから独学でプログラムやWebの基礎を学んだ。その甲斐あって、「サーバのセッティングやネットワークの構築などひと通りのことはできるようになりました」。1996年には三本木商事のインターネットインフラ構築の責任者になる。その後、しばらくはメールシステムなどの管理者を経ながら、PerlやPHPの勉強を続けた。これがサンチョのシステムにつながるのである。

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