優しくするだけでは若手を育てられない:田中淳子のあっぱれ上司!(2/2 ページ)
後輩を育てるには、あえて失敗経験を見せたり、ドキッとする経験をさせたりすることも必要だ。問題が起きた時、ベテランだけで対処するのではなく、若手もその場に身を置かせるのも1つの育て方である。
責任の重大さを肌感覚で学ぶとき
こんな例もある。
新入社員でIT業界に入ったAさん。配属されてまだ1人でできる仕事もそれほどない時期に大規模なシステム障害が起こった。その企業では、航空機の運行システムを手掛けていて、そのシステム障害によって飛行機の運航を管理できなくなったそうだ。
オフィスは騒然として上司も先輩も大わらわで対応に当たっているとき、新人のAさんはどうしたらいいのか、ぽかんとしてしまった。「何か手伝うことがあれば言ってください」と上司に言うと、「ここはいいから、現場へ行け!」と命令されたそうだ。
現場とは、空港のことである。そこで電車を乗り継ぎ、空港に向かった。上司に言われたことは「現場に行って、その目で何が起こっているかしっかり見て来い」だったそうだ。
空港に行くと、電光掲示板は全部消えており、カウンターでは発券作業なども滞り、さらには、空港職員も状況が把握できないため、客からの問い合わせにもしどろもどろ。日本全国に飛び立つ予定の大量の客は右往左往。カウンター職員に詰め寄っている人もいるし、公衆電話に並ぶ人もいる。当然、長蛇の列である。
その様子を見てとても衝撃を受けた彼は帰社し、今度はオフィスに流れる夕方のTVニュースを観た。すると、空港からの報道で何人かの客にインタビューしている様子が映し出される。「葬式に向かっているところだったのだが、間に合いそうもない」「結婚式に出席できない」と、さまざまに予定を狂わされた人々の声が報じられていた。
彼はそのとき、こう思ったそうだ。「システムの開発や保守の仕事というのは、単にコンピュータの技術者というのだけではなくて、こんな風に人の人生に大きく影響を及ぼす可能性があることを僕はやっているんだ」。その責任の重さを始めて実感し、空港で見た光景とともに深く心に刻まれたという。
「こんなに大事な仕事に携わっているのか。人のちょっとした操作ミス、たった1つのデータの入力ミスでこれだけ多くの人生、生活を狂わしてしまうのだ。チェックにチェックを重ねる必要があるというのはこのためだったのだ」と。
部下後輩に失敗経験を見せることもまた経験
以来、エンジニアとして何十年も経つが、この時目にした光景がいつも記憶にあって、確認の重要性を常に胸に刻み仕事に取り組んでいるということである。
今は後輩を育てる立場にある彼は、このときの上司の指導を深く感謝しているといっていた。「何もしなくていいから、ただ空港に行ってみて来い」というのは、きっとそのことを肌感覚で学んで故意という意図だったのだろう。
失敗経験をすることができない場合、失敗経験の疑似体験なら可能になるかも知れない。前者の「おわびに付いていく」というのは、「トラブル対処の場面を見せることで疑似体験させる」ものだし、後者の「空港に行き現場を見てくる」のは、「ミスによって引き起こされる影響の大きさを自分の目で見る体験」をさせるものだ。
部下後輩に失敗経験をさせられなくても、こんな風に何かを見せるということならいろいろな職場でまねできるかも知れない。大きな問題が起きた時、上司や先輩、ベテランという人たちだけで対処するのではなく、これらの例のようにその場に身を置かせるというのも1つの育て方である。
優しくするだけでは若手を育てられない。厳しい場面もまた育成には重要なのだ。
著者プロフィール:田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
- 著書「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)、「はじめての後輩指導」(日本経団連出版)、「コミュニケーションのびっくり箱」(日経BPストア)など
- ブログ:「田中淳子の“大人の学び”支援隊!」
- Facebook/Twitterともに、TanakaLaJunko
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