固定担任制の下では、学級担任は、クラスの子どもたちに対し、良い意味でも悪い意味でも責任を持ちすぎるところがあります。極端に言えば、自分の学級の生徒の人生全てを背負っているかのような気負いがあります。加えて、「クラスの子どもに好かれたい」という気持ちも強いものです。その結果、指導は必要以上に手厚くなります。そして時に、極端になります。
自律することを学ばない子どもは、物事がうまくいかなくなると、担任教員に責任転嫁をします。勉強が分からなければ「授業が分かりにくい」と言い、忘れ物をしたら「聞いていない」と言い訳をする。担任が「好かれたい」と思って行った手厚い指導の結果がこれでは何とも皮肉な話です。
生徒たちの間にある「勝ち組」「負け組」の意識をなくすねらいもありました。学年の教員集団は、多くの場合、年齢・キャリアの異なるメンバーで構成されます。力量にも教員の個人差が出てくるため、よくまとまったクラスと、そうでないクラスが生じがちです。
その結果、子どもたちの間で、「勝ち組」「負け組」の意識が生じます。中学校は教科によって教員が変わりますが、全ての教科を担任が教えている小学校の場合は、こうした意識は、より顕著ではないかと思います。
私は中学校だけでなく、小学校においても学校規模と専科教員の配置次第で、「全員担任制」を実施できるのではないかと考えています。実際、木村泰子先生が初代の校長を務められた、大阪市立大空小学校は、固定担任制を廃止して「全員担任制」を導入しています。
固定担任制を廃止すれば、「学級王国」と言われるような問題もなくなるに違いありません。一部の勘違いをした教員が強圧的な指導で子どもたちを支配するようなこともなくなり、教育活動の透明性は高まります。不適切な指導や体罰も減るでしょう。
加えて、学級崩壊が起きるリスクも下がります。学級崩壊は、まとまりのあるクラスとないクラスとの格差が大きいときに起きやすいからです。幸福感と同じで、他と比べることで自分たちの中に不平不満が高まり、反発が生まれがちなのです。
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