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フジ『ザ・ノンフィクション』プロデューサーが明かす「人殺しの息子と呼ばれて…」制作の裏側「視聴率No.1宣言」をする真意(2/2 ページ)

» 2019年05月23日 05時00分 公開
[田中圭太郎ITmedia]
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「視聴率が取れなくてもいい」ではドキュメンタリーは死滅する

――『ザ・ノンフィクション』は視聴率No.1宣言をしています。これはどのような思いからでしょうか。

 テレビドキュメンタリーは、昔は、民放でも夜のゴールデンタイムで放送していました。でも、ドキュメンタリーは、基本的に自分の作りたいものを作っているので、作品ですね。そうなると視聴率が取れなくても「あの番組は素晴らしかった」と、言われたりして、傷をなめあうわけですよ。そうこうしているうちに、どんどん視聴者からは見放され、自分たちの発表の場を自ら潰(つぶ)してきたんです。視聴率が取れなくても良い番組を作ればいい、という考え方ではテレビドキュメンタリーは死滅します。

 視聴率No.1を宣言することで、キャバクラ嬢やホストなど、視聴者の興味をひく人物を扱いながら、一方でシリアの武装グループから解放された安田純平さんなど、伝えるべき社会的なテーマもラインアップで組む事ができます。1年を通して高いスコアを出してはじめて、残すべき番組だと言えるのです。

 ヒューマンドキュメンタリーは、いまはTBS系の『情熱大陸』、NHKの『目撃!にっぽん』と、この『ザ・ノンフィクション』くらいですよね。伝えなければいけないことはたくさんあるので、あえて視聴率戦争に飛び込んでいます。でも「人殺しの息子と呼ばれて…」は、視聴率を狙っていない番組だったので、うれしい誤算ですね。

――『ザ・ノンフィクション』はいつから担当されていますか?

 5年前からです。僕になってから、制作費が大幅にカットされてしまいました。だから、費用の面以外でも、撮影期間を区切らないと、いつまでも取材することが出てくるので、まず撮影期間をきっちり決めて、放送のタイミングを決めてやろう、ということにしました。毎週の番組なので、夜通し編集作業をしています。

――試写はどのようにしていますか?

 1回見て、いけると思ったら詰めていきます。ダメなときは、僕が引き取って、ディレクターと一緒に編集し、ナレーションを書いていきます。皆で、一緒にいいものを手作りでというスタンスです。

――どれくらいの数の制作会社が関わっていますか?

 30社くらいにお世話になっています。各社からの提案と、僕が酔っぱらいながら「こういうことができないかな」と話したことの2系統で企画ができています(笑)。

――張江さんはどのような発想でネタを出しているのですか。

 半分冗談、半分本当ですが、NHKがやらないことをやろうと思っています。世の中の人が抱えている、いろいろな悩みを考えながら。酒を飲む遊び場から発想することもあります。

 NHKはテーマ主義です。僕は逆です。40歳の男がホストを続けたいと思うのは、どういうことなのか、追いかけていくと見えてくる。いまの世の中が見えてくる。そういう意味では、人物本位で企画を受け付けています。

 あと、例えば、売れないユーチューバーは、どんな人生を送っているのかとか常日頃考えていますよ。ネタ探しは難しいです。

phot デスクでパソコンに向かう張江氏。壁には視聴率の数値が掲げられている

多くの人に見てもらうために

――番組を見てもらうために、意外性のあるナレーターを選ぶ、視聴者が見たくなるような人を探す、SNSで番組を宣伝するといった取り組みをされていると伺いました。それ以外に、どのようなことを意識していますか。

 この番組の企画を通すポイントは3つあります。主人公がもがき苦しんで生きているのかどうか。1時間ハラハラドキドキしながら見ていられるか。10秒でもいいので、これだ!と思えるシーンが撮れるかどうか。この3つがそろえば、見てもらえるだろうと思っています。

 ターゲットはF3、50代の女性です。内容次第では、F1(20〜34歳の女性)とF2(35〜49歳の女性)もついてきます。

 番組のオープニングは、同じ音楽を使います。生活習慣に番組が入り込むことをねらっています。ラストの音楽でエピローグを展開するのも同じです。知らず知らずの打ちに毎週見ている、ということになればと思っています。有吉弘行さんが「きょうのザ・ノンフィクション見た?」とラジオで言ってくれるみたいな感じで。

 NHKにいるときは、ナレーションは、大女優かベテランのアナウンサーでした。この番組は、真逆で、うまい下手は関係ない。意外性のある人でやったときに、SNSで話題になりますし、お茶の間にも相乗効果をもたらします。

 ただ、どんなテーマが視聴率を取れるかある程度の予測はつきますが、分からないときもあります。有村藍里さんの整形に密着した回も、ここまで見てもらえるとは思っていませんでした。

――若い人にドキュメンタリーを見てもらうための方策をどのように考えていますか。

 僕がチーフ・プロデューサーになった時は、M4とF4(60代以上の男女)が主な視聴者層で、視聴率も元気がありませんでした。

 ですから、構造改革をするために、メインターゲットを50代の女性のF3に定めました。今の50代って、目が肥えていて、いけてる女性たちなんです。バブルを経験しているし、あなどれない。F3で勝負して数字がとれるようになると、その娘や子供たちまで見てもらえるようになりました。

――ヒューマンドキュメンタリーの目的は何ですか。

 人がもがき苦しむ姿、そして、そこから這い上がろうとしている姿に、視聴者は共感を持って見てくれる。それだけで意味があることかなと思っています。

――張江さんのキャリアのなかで、「人殺しの息子と呼ばれて…」の位置付けは。

 「息子」に対しては、本当に感謝しています。通常の密着とは異なる息子へのインタビューという形で、多くの人の心を打つ事ができたことに感謝しています。テレビドキュメンタリーという仕事をしてきてよかったと、改めて思う1本になりました。

(2019年4月28日・早稲田大学国際会議場にて)

 『ザ・ノンフィクション』5月26日午後1時40分からの放送は「黄昏れてフィリピン〜借金から逃れた脱出老人〜」。借金から逃れてフィリピンに渡った2人の男が主人公。5月22日に公開した記事『フィリピンで綱渡り人生 借金500万円から逃れた「脱出老人」の末路』では、主人公の1人、吉岡学さん(仮名)を取材している。

phot 5月26日午後1時40分から放送する(フジテレビのWebサイトより)
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