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マザーハウス社長の山口絵理子が語る経営哲学――対立を越えて「よりよい解」を生み出す「サードウェイ」とは(4/5 ページ)

» 2019年09月24日 08時00分 公開
[後藤祥子ITmedia]

経営が「現場感覚」を持ち続けることの大切さ

 バングラデシュの成功を受けて、今ではネパールでストール、インドネシアのジョグジャカルタでジュエリー、スリランカでカラーストーンのジュエリー、インドでアパレルをつくりながら、10カ国38の店舗を展開し、チームのメンバーが600〜700人規模というのがマザーハウスの現状です。

 私自身は経営を勉強したこともなく、大学院を卒業してそのまま起業してしまったので、たくさんの失敗があったし、経営者として従業員から「ついていけない」といわれたことも何度もあります。それでもいろいろな場面で、「Aもダメ、Bもダメ、だけどCをつくろう」――という「サードウェイの姿勢」が自分自身を支えてくれたと思っています。

 私自身は、リーダーシップの取り方にはすごく自信がないし、まだまだ模索中ではあるのですが、そんな中でもどうにかやってこれたのは、「現場と経営」「現場と戦略」といった相反するもののなかから、サードウェイを見つけることができたおかげじゃないかと思うのです。

 現場にのめり込みすぎるとなかなか戦略が見えてこなかったり、デスクに向かって戦略ばかり考えていると現場のみんなの声が届かなくなってしまったり――と、そんな中でもブレることなく持っている信念は「現場で学んだことを経営に生かそう」というところなんです。

 シンプルなことですが、私は現場をとても意識しています。この本の中にも「手を動かしてから頭を動かそう」という章があるのですが、体とか手というのは、「頭を使うための情報収集に欠かせないもの」だと、とても強く思っています。

 これはゴールデンウイークに店頭に立ったときの写真です。1週間で8店舗を巡って、1店舗あたり2時間くらいしか滞在できなかったのですが、私にとっては店舗のみんなと交流できる最高にいい機会だったし、その2時間のあいだに来てくれるお客さまと私たちの店舗がきちんとマッチいるかとか、いろいろなことを精査できるんです。

Photo 山口氏がマザーハウスの店舗を訪れたときの写真

 単純にスタッフのみんなといるのも楽しいけれど、実際に何が売れて、何がお客さんに届くものなのか――ということを、「現場を後にしてから、戦略として考える」わけです。

 そしてもう1つ、これはお店をつくっているときの写真です。

Photo 店舗作りの様子

 木材を切って、そこからどんな作り方をするのがベストなんだろう――ということも、現場で学んでいます。カタログの撮影も、カメラマンとスタジオに入って「こんな撮り方はどうかな、こんなライティングはどうかな」といいながら、一緒にカタログをつくっていく。こうした取り組みを通して私は、「現場で一緒にものをつくることが経営につながっている」と、強く感じるんです。

 例えば、ものをつくっていると、「これってすごく大変な作業だけど、お客さんにとってはメリットがないね」ということもたくさんあるんです。現場を見ていれば、私がその部分について、工場に「ここをもう少し効率化して、分業体制をとれないか」といったアドバイスができる。また、製品を作っているときに出る余った素材で「何かお客さまにメリットがあるノベルティをつくったらどうか」というような提案もできます。

 「いろいろな部分で手を動かしながら実は、頭で考えているんだな」――ということは、自分自身、振り返ってみても実感することが多いですね。

Photo インド工場の朝礼の様子

 これはインドの工場で撮った朝礼の写真です。この朝礼でも、私は日本のスタッフがどれくらいがんばってアパレルブランドを立ち上げているかをベンガル語で共有しているのですが、これも現場に行って現場のみんなの表情をみて、その雰囲気を感じながらそれを経営に生かそうと常に意識しています。だから私はこの朝礼で、みんなと笑顔で話しながらも、「このコルカタ工場は半年後には移転しなきゃいけないんじゃないかな」とか「そのためには投資はどれくらいかかるか」ということを考えるわけです。

 「工場が手狭になる」という感覚は、今、この瞬間に工場を見ただけではたぶん、分からないんですよ。この感覚は実際に工場に通って、みんながどれくらい生き生きとしているかを感じることがすごく大事だし、みんなが口々に言う「ちょっと僕のテーブル狭くてさ」というような文句から吸収できたりする。

 現場にいると、「経営の情報からは見えてこないような感性」とか「一見、どうでもいいように思える雑なこと」がすごくよく見えるし、聞こえてくる。私は、「それをすくい上げることができている」という感覚が大好きで、そんな「現場の血」がどんどん「経営に通っていく」ようなビジネスを、とても大事にしているんです。

Photo 現場と経営のサードウェイ

 今まで私は「経営者」という肩書に圧倒されて、「みんなをまとめなきゃいけないのかな」とか「管理しなきゃいけないのかな」とかいったことを考えてきましたが、「自分はすごく苦手だな」と思って悩んだ時期もたくさんありました。一方で、「現場に張り付きすぎて経営戦略が作れなくなる」――といったように、マクロ的な視点が足りなくなった時期もたくさんあります。

 それを乗り越えるために私が意識していることは、「現場で汗だくになったら、その達成感で終わらない」ということなんです。「汗だくになったらちゃんと頭を使う、という宿題が待っている」と、思うようにしています。

 だから私は、「工場でいっぱい手を使ったな」と思って日本に帰る飛行機の中では、「今の、この感覚ってどうやったら経営に生かせるかな、どんなチャレンジをすべきかな、今工場に必要な投資は何かな」――と考えるわけです。でも、そうやって考えたことが正しいかどうかなんて、その時点では分からないんですよ。分からないからまた、現場に戻るんです。

 この“相反する2つ事象の間”を振り子のように行ったり来たりしながら、だんだん階段を上っていく――これが、13年、マザーハウスを経営してきた経験から得られた「絶対に道を踏み外さないためのキー」だと思っているので、そんなことをこの本で伝えたいと強く思っています。

 例えば経営とデザインも、全く違う思考なんですね。デザイナーとしては、もっとゆっくり製品をつくりたいし、めちゃくちゃこだわりたい。でも、こだわればこだわるほど単価は高くなりますよね。一方で経営者としては、「絶対、素材コストを抑えろよ」とか「絶対に効率的につくりなさいよ」という自分がいる。

 だから「代表兼デザイナー」という、自分の肩書に対しても、諦めそうになった時がたくさんあります。「どちらか一方に絞った方が、スタッフのみんなにとってもいいんじゃないか」とも思ったのですが、現在、これが「つながっている」と思えるのは、「サードウェイの考え方」が、自分の中ですごく腑に落ちてきたからなのです。

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