トップインタビュー
連載
» 2020年02月26日 05時00分 公開

三菱ケミカルHD小林喜光会長が斬る(後編):三菱ケミカルHD小林喜光会長「リスクを取らないトップは去れ」 (1/5)

経済界を代表する論客の1人、三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長に、日本が「技術立国」であり続けるための対策や、その状況下で日本企業がどのように生き残っていけばいいのかを聞いた。小林会長は政府の科学技術政策の基本方針を決める総合科学技術・イノベーション会議の議員でもある。インタビューの話題は、トップがリスクを取らない日本の企業文化への批判に加え、大学や企業の研究の在り方、研究者の目指す方向性など多岐にわたった。

[中西享, 今野大一,ITmedia]

 AI(人工知能)や5G(第5世代移動通信システム)などの先端分野で中国にはるか先を越され、存在感を低下させている「技術立国ニッポン」――。Google(グーグル)など巨大IT企業であるGAFAの出現はこれまでのビジネスの在り方を根幹から変化させている。

 前編「「ノーベル賞は過去の栄光」――三菱ケミカルHD小林喜光会長が語る「日本が“2流国”に転落しないための処方箋」」に続いて、三菱ケミカルホールディングス(HD)の小林喜光会長に、日本が「技術立国」であり続けるための対策や、その状況下で日本企業がどのように生き残っていけばいいのかを聞いた。

 小林喜光会長は政府の科学技術政策の基本方針を決める総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)の議員で、経済界を代表する論客の1人でもある。インタビューの話題は、トップがリスクを取らない日本の企業文化への批判に加え、大学や企業の研究の在り方、研究者の目指す方向性など多岐にわたった。

photo 小林喜光(こばやし・よしみつ) 三菱ケミカルホールディングス会長。経済同友会前代表幹事。1971年東京大学理学系研究科修士課程修了。72年ヘブライ大学物理化学科、73年ピサ大学化学科を経て75年に東大で理学博士号取得。74年三菱化成工業(現在の三菱ケミカル)に入社。2006年三菱ケミカルホールディングス取締役、07年社長、15年会長。総合科学技術・イノベーション会議議員、規制改革推進会議議長などを務める。山梨県出身。1946年生まれ、73歳(撮影:小澤俊一)

現状に満足する若者

――最近は留学する学生が減って、いわゆる内向き志向が強まっているようですが、この傾向をどう見ていますか。

 日本人の科学技術論文が減っているのは残念ですが、もっとひどいのは日本人の海外留学生数が減っていることです。2004年には8万人いましたが、現在は3万人にしかいません。中国の80万人やインドの40万人と比べると極端に少なく、韓国の10万人よりも少ない。海外に出て切磋琢磨(せっさたくま)しようとする若者が減っているのは嘆かわしいですね。

 現在の生活に満足しているかどうかを聞くと、国民全体では70%以上が「満足」もしくは「まあ満足している」と答えています。この割合は、若者(18〜29歳)に至っては85%を超えていて(19年8月実施、内閣府の「国民生活に関する世論調査」)、その満足度の高さには驚かされますね。

photo 18〜29歳の若者の85%以上が現在の生活に満足している(内閣府の「国民生活に関する世論調査」)より

 私が若かったころは、自分や社会に対するフラストレーションが強くて、もっと反発することが多かったような気がします。大学や企業の若手研究者も現状に満足しているのだとすると、「この状況を変えよう」「リスクを取って何かに挑戦してみよう」という気になれないのかもしれないですね。

 その一方で、従業員のエンゲージメント(働いている会社や組織への愛着心)を聞くと、日本は6%しかなく、米国・カナダの31%、東南アジアの19%よりも低い。世界平均の15%をも下回っている状況です。

photo 日本の従業員のエンゲージメント(働いている会社や組織への愛着心)は6%しかない(経済産業省「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会 報告書」より)

「知的ハングリー」であれ

――その満足しきった若者たちを、新しい研究開発にチャレンジしようという気にさせるにはどうしたらいいのでしょうか。

 日本はこれだけ豊かになりました。経済的にハングリーになれといっても無理でしょうが、少なくとも知的にはハングリーになってもらいたいものですね。ガッツと持続力も重要ですが、若者に最も必要なことは「知的ハングリー」でいることだと思います。そのためには教育が重要ですね。経済的に豊かになったいま、「自分は何のために生きているのか」といった哲学的なことも深く考えてもらいたい。

 私は今の会社に入る前に、イスラエルの大学に留学していたので就職したのは28歳のときです。26歳のときにはシナイ半島を旅していました。砂漠の中、黒衣のベドウィンの女性がヤギを連れてオアシスに向かって歩いていくのを見ていましたが、周りは砂漠で、そこには何もないのです。この「何もない」なかに「ある」という状況を経験してはじめて存在というものの尊さをはっきりと感じることができました。「自分はこれからどう生きていくべきか」と真剣に考えるきっかけになった経験です。

photo 小林会長はシナイ半島の砂漠の中で、「何もない」なかに「ある」という状況を経験して存在の尊さを感じることができたという
       1|2|3|4|5 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アクセスランキング
  • 本日
  • 週間