さてその魂動デザインは第7世代で進化した。モチーフは光と影であり、それはちょうど谷崎潤一郎のいう「陰影礼賛」の世界観である。本来日本家屋には明暗の落差がデザインされており、蛍光灯の光の下に全てがさらされた陰影の無い明るさとは異なる世界であった。電灯が日本家屋にとって大切であった暗がりを奪ったと谷崎は言う。
床の間に、欄間(らんま)に、部屋の隅にわだかまる闇があり、障子を通した間接的な陽光がそれらに濃淡を与える。陰影礼賛に有名な一節がある。
だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。
さすがは耽美(たんび)派を代表する谷崎だけある。そうした根源的な美の追求をマツダのデザインチームは求めた。ドアを丁寧にえぐった凹面に映り込む光の変化をデザインに取り込もうというその意識を、筆者はだから「陰影礼賛」と重ねて見た。
エンジニアリング的に見ると、魂動デザイン以降のマツダの手法は以下のようになる。車両全体の緊張感あるスタイリッシュさのために、基本シェイプのロングノーズ化を図っている。それはペダルオフセットを排除するためのフロントホイールの前移動とも平仄(ひょうそく)を合わせているのだが、室内空間設計に与えた影響はそれだけではない。
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