セクハラ研修の「形骸化」問題を考える 本当に不祥事を防ぐ、質の高い研修とは?何を変えるべきなのか(1/2 ページ)

» 2021年10月15日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]

本記事は、BUSINESS LAWYERS「セクハラ研修日米比較から考える研修の質」(渡辺樹一、市川佐知子/2021年8月4日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

photo

 企業不祥事が発生したとき、多くの人は「従業員の教育が不十分だったのだろう」「コンプライアンス研修を実施していなかったのだろうか」などと考えるでしょう。しかし、ほとんどの企業では従業員へのコンプライアンス研修を実施しています。それでも不祥事が発生してしまうのは、企業として伝えたいメッセージが従業員に届いていなかったためといえるでしょう。

 本稿では、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手掛けてきた一般社団法人GBL研究所理事、合同会社御園総合アドバイザリー顧問の渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、質の高いコンプライアンス研修の在り方について考えます。

質の高い研修

渡辺氏:

 質の高いコンプライアンス研修の在り方について、法規範、社内規範、倫理規範、社会的要請を満たすかどうかを検討したり、企業価値向上型のコンプライアンス研修へ脱皮したりする必要があるように思いますが、弁護士の視点からはどのような指摘ができますか?

市川弁護士:

 企業不祥事があると、第三者委員会が報告書を発表し、報告書の中には研修の必要性があげられることが、一種の既定路線になっています。しかし、当該不祥事に関する研修をまったくしていなかった企業というのはむしろまれで、何らかの研修はしていた、しかし研修が効かなかった、というのが実態のように思えます。第三者委員会報告書を受けて研修をし直しても、従前と同じような研修では同じ結果になってしまうかもしれません。

 この点に関連して、セクシャルハラスメント防止研修について日米比較を行ってみたいと思います。米国では2017年の「#Me Tooムーブメント」によって、職場でセクシャルハラスメントが根強くはびこっていることが指摘され、大きな社会問題となりました。日本でも、ジャーナリズムや広告業界などで、業界慣習の改善を求めセクハラ被害者が声を上げ、やはり社会問題となりました。

 これによって、あらためてセクハラ防止研修が重要であることに注目が集まったわけですが、日米の対応には相違点がありますので、ご紹介したいと思います。その比較分析の中に、研修の質を向上させるヒントがあるかもしれません。

セクハラ研修の形骸化を指摘した「2016年報告書」

市川弁護士:

 米国では、差別問題を扱う連邦機関である、雇用平等委員会(Equal Employment Opportunity Commission: EEOC)がセクハラ問題を所管しています。EEOCは2016年6月、「職場におけるハラスメントの検討に関する特別タスクフォース共同議長の報告書」(※1)(以下「2016年報告書」)を発表していますが、その中で、セクハラ防止研修が効果を上げているとはいえないことが、明白に指摘されました。

(※1)U.S. Equal Employment Opportunity Commission. June 2016 Report of the Co-Chairs of the Select Task Force on the Study of Harassment in the Workplace. 2016

 統計好き、実証研究好きの米国ではデータが重要ですが、この報告書では、研修の効果を測るためのデータが足りないことが、まず指摘されています。それ自体、米国では大問題です。そして、わずかなデータから分かるのは、次のようなことだと記載されています。

  • (1)研修の目的は、会社のセクハラ禁止方針を知らせること、職場で不適切な行動についての従業員の態度を変えることである
  • (2)研修では、どのような行動が職場で不適切と会社が考えているかを伝えることはできる特に、男性に、どのような行為が女性に嫌がられるかを気付かせることはできる
  • (3)しかし、このような気付かせる研修では、防止効果は限定的であり、効果がないことも、時には逆効果であることすらある
  • (4)研修がただ実施されるだけではなく、他の施策とあいまって、セクハラを許さない会社であると従業員の信頼を得られれば、セクハラ被害を申告させることができる

市川弁護士:

 これまで行われてきたセクハラ防止研修の効果に大きな疑問符がついたわけですが、その責任の一端は弁護士や司法界にあるのでは、という見方があります。トーマス・ジェファーソン法科大学院のスーザン・ビゾム・ラップ教授は、従前の研修が、裁判対策を主眼に行われてきたこと、弁護士や人事コンサルタントのようなコンプラ専門家が研修をゆがめてきた歴史があることをエッセイ(※2)の中で指摘しています。

(※2)Susan Bisom-Rapp. Sex Harassment Training Must Change: The Case for Legal Incentives for Transformative Education and Prevention. Stanford Law Review Online. 2018, vol.71.

 このエッセイによれば、雇用機会法中、セクハラ防止研修を義務付ける文言はなかったものの、性差別禁止を順守するためには、基本方針の発表、苦情処理手続き、研修が必要だ、とコンプラ専門家が説いて回ったそうです。そして、それらの必要物は、会社の業務をなるべく邪魔しない、小手先の施策だったわけです。

 EEOCの1980年ガイドラインも同様に解釈されて、研修は法的義務であるかのように扱われ、1990年代にはほとんどの大企業がセクハラ研修を何らかの形で行うようになります。

 1998年最高裁判決は「敵対的環境型」といわれるセクハラのケースで、被害者から訴えられた会社側に、次のように主張立証するという防御方法を認めました。

  • (1)セクハラを防止するために合理的な注意を払ったこと
  • (2)セクハラ被害者が被害を避けるための防止・是正手続があるのに、あえてとらなかったこと

市川弁護士:

 そして、防止・是生手続きが会社に用意されていることが従業員に知らされていなければいけない、としたのですが、それこそ、研修が得意とするところです。

 さらに、1999年の最高裁判決において、オコーナー判事が、コンプライアンスの努力を払った会社は懲罰的賠償責任を問われるべきでない、という意見を出したのも、会社側が研修を防御手段として持ち出す事件を増加させました。

 EEOCもセクハラ問題のある会社に同意命令を出す際には、是正措置として研修を含めるという事例を積み重ね、形だけ整えた研修が蔓延(まんえん)し、裁判所も弁護士もうわべをなぞって研修の中身や実効性には目を向けなかったと、このエッセイは手厳しく批判しています。

       1|2 次のページへ

© BUSINESS LAWYERS