セクハラ研修の「形骸化」問題を考える 本当に不祥事を防ぐ、質の高い研修とは?何を変えるべきなのか(2/2 ページ)

» 2021年10月15日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]
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互いを尊重する職場づくり

渡辺氏:

 EEOCですら、セクハラ蔓延防止に逆効果のことをしてきたというなら、なぜ2016年報告書が発表されたのでしょうか。

市川弁護士:

 ある委員のアイデアで始まったらしいのですが、法律上の定義などを超えて、社会科学の文献に当たり、セクハラを防止することに焦点を絞ったのが、それまでとは異なるアプローチだったようです。そして、2016年報告書ではハッキリと「研修を変えなければならない」と記載されました。

渡辺氏:

 どのように変えるべきなのでしょうか。

市川弁護士:

 「ホリスティック」がキーワードのようです。「ホリスティック」とは、最近いろいろなところでよく聞く流行語ですが、古臭く言えば「包括的」でしょうか。単発の研修ではなく、継続的になされること、全体的なセクハラ防止プログラムの一角をなすこと、企業のトップを巻き込んで企業文化全体を変えることが必要であるとされています。

 セクハラにピンポイントで取り組むのではなく、また違法なセクハラ限定で取り組むのではなく、より広く、互いを尊重する職場づくりが必要であること、加害者・被害者だけではなく、同僚も見て見ぬ振りをせず声を上げるという行動が必要であることも、ホリスティックの意味に含まれているようです。

 さらに、EEOCは、2016年報告書を踏まえた研修プログラムを、ある人事研修ベンダーと組んで開発・提供しており、その特徴を説明するQ&A文書(※3)をご紹介します。

(※3)U.S. Equal Employment Opportunity Commission Training Institute. EEOC Training on Respectful Workplaces: Q&A for Employers.

 従来の研修は従業員に「とってはいけない行動」を伝えるものでしたが、新しい研修は「とるべき行動」を伝えるものです。オンサイトで、講義形式ではなく双方向コミュニケーションによって、スキル習得を目指します。法的なセクハラ概念ではなく、違法なセクハラにエスカレートするのを防止する積極的な活動のほうに目を向けるものです。

 管理職向けは4時間、一般従業員向けでも3時間と長く、一度に受講できる参加者は35人までとされているのも特徴的です。

 ここまでするか、という感じもしますが、セクハラ問題が1980年ガイドラインから40年を経ても、なお蔓延しているという問題の深刻さに正面から向き合えば、こうなるのかもしれません。

 これと対照的なのが、カリフォルニア州です。カリフォルニア州では、5人以上の従業員を雇用する会社に、ハラスメント研修実施を義務付ける州法が2018年に公布され、2020年1月1日施行となっていましたが、コロナ禍で2021年に延期されました。

 カリフォルニア州公正雇用住宅局(Department of Fair Employment and Housing: DFEH)ではFAQ(※4)を発表して、研修はオンライン形式でもよいとし、DFEH自身が作成した、英語、スペイン語、韓国語、中国語、ベトナム語、タガログ語のオンラインコース(※5)を公開しています。

(※4)California Department of Fair Employment and Housing. Sexual Harassment Prevention Training For Employees.

(※5)California Department of Fair Employment and Housing. Sexual Harassment Prevention Training.

 管理職向け2時間、一般従業員向け1時間の、このオンラインコースを履修させれば、会社は州法の研修実施義務を履行したことになります。この研修の中には、EEOCが必要と考える「ホリスティック」にするためのポイントも含まれていますが、会社が法律上の義務を履行するために形ばかりの研修を提供してきた従前の流れに逆戻りしている、という指摘も出てきそうです。

小手先の施策でなく実効的な研修の重要性

渡辺氏:

 日本はどうでしょうか。厚生労働省が「あかるい職場応援団」というサイトを設置し、セクハラだけでなく、パワハラ、マタハラも合わせて、対策マニュアルや、かなり充実したオンライン研修講座を用意しています(※6)。

(※6)厚生労働省「あかるい職場応援団

市川弁護士:

 2019年6月5日、「女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律」が公布され、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法および育児・介護休業法が改正されました(2020年6月1日施行)。この改正によって、職場におけるハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となりました。

 妊娠・出産・育児休業などに関するハラスメント、パワーハラスメントと合わせて、セクシュアルハラスメント対策も含まれています。 そして、事業主が雇用管理上講ずべき措置として、就中、事業主の方針を明確化し、管理者・監督者を含む労働者に対してその方針を周知・啓発すること、相談、苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備することが示されています。

渡辺氏:

 基本方針の発表、苦情処理手続き、研修と聞くと、実効性に疑問符がついたアメリカの研修の歴史を思い出してしまいます。

市川弁護士:

 そうですね。裁判例の紹介や「これってハラスメント?」と題する動画でのNG行動の情報提供、マニュアルや受講証明書の公表などを見ると、2016年報告書で指摘された従来型研修の問題点が想起されます。しかし、セクハラの目撃者になった場合の動画、仕事の上での叱り方セーフレベル編など、2016年報告書を踏まえた新しい研修が目指している要素も含まれています。

渡辺氏:

 確かに、厚生労働省のサイトは情報が豊富ですし、たくさんの動画もあって使い勝手が良いと思います。これだけのものを一企業がそろえようとすれば、手間もコストも大きくなるところ、厚生労働省がそろえてくれたわけですから、企業サイドには、これらを有効活用して、実効的な研修につなげてほしいと思います。

市川弁護士:

 弁護士として企業の社内研修のお手伝いをすることがありますが、人事部と何度も打ち合わせて、その企業の環境や問題に沿ったカスタマイズを頼まれることもあれば、要求・仕様を聞いても明確な答えが返ってこないこともあります。研修ベンダーも双方向研修を提供できるところもあれば、講義形式だけのところもあります。「再発防止策として研修が必要だ」を超えて、実効的な研修を考えることが重要だと思います。

渡辺樹一 一般社団法人GBL研究所

弁護士法人御園総合法律事務所(東京事務所)顧問、合同会社御園合同アドバイザリー顧問、一般社団法人GBL研究所理事。1979年一橋大学法学部卒。USCPA・CFE・CIA。伊藤忠商事その他企業を経て、現在は、内部統制構築、企業風土診断、コーポレートガバナンス・グループガバナンス・内部統制に関する講演、役員・幹部社員研修等に従事。上場会社の社外取締役、株式会社ジャパン・ビジネスアシュアランス株式会社シニアアドバイザーなども務める。日本取締役協会会員、国際取引法学会会員、実践コーポレートガバナンス研究会会員、会社役員育成機構会員。 j.watanabe256@gmail.com

市川佐知子 田辺総合法律事務所

弁護士(第一東京弁護士会、NY州)、USCPA、東京大学卒、人事労務、コーポレートガバナンスを中心に企業法務を担当し、証券詐欺を中心とした訴訟を手掛け、会計分野に知見を有する。公益社団法人会社役員育成機構において役員研修講師を務めてきた。2018年より米国在住、中堅法律事務所にアドバイザーとして所属し、日本企業が米国進出で遭遇する問題にも明るい。

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