マーケティング・シンカ論

「アイマス」プロデューサー誕生の裏側 営業経験を生かしたバンナムの人事

» 2024年01月10日 08時30分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 「推し活」市場が盛り上がっている。矢野経済研究所の調査によると、2022年度の「推し活」市場のトップとなった「アニメ」が2850億円に上り、「アイドル」が1650億円と続く。いずれもコロナ禍の影響を大きく受けたものの、市場全体の回復が進んでいる。

photo 矢野経済研究所の調査

 アニメ・ゲームをはじめとするエンタメ業界では、この「アニメ」と「アイドル」の2要素をかけ合わせた作品人気が根強い。代表的なのがバンダイナムコグループが05年から展開するアイドルプロデュースゲーム「アイドルマスター(アイマス)」シリーズだ。「アイマス」シリーズは現在5つの「ブランド」と呼ばれる作品群でゲームを中心に展開している。

 この1つである『ミリオンライブ!』のプロデューサーを務めるのが、バンダイナムコエンターテインメントの狭間和歌子さんだ。狭間さんはイベントや生配信などでファンの前によく姿を現し「わかちこP」の愛称で親しまれている。エンタメ業界では女性のプロデューサーはまだ多くはなく、かつ率先して顔を出し、ファンと関わっているのは珍しい。

 「アイマス」のプロデューサーは、いかにして誕生したのか。どのような経歴を経てゲームのプロデューサーになったのか。狭間さんに聞いた。

photo 狭間和歌子 2007年バンダイに入社し、バンダイナムコゲームス(現バンダイナムコエンターテインメント)にて10年間家庭用ゲームの営業を担当。その後「テイルズ オブ」シリーズや「ゴッドイーター」シリーズのアプリゲームのプロデュースを経験し『アイドルマスターミリオンライブ! シアターデイズ』をリリース。現在は「アイドルマスターミリオンライブ!」プロデューサーおよび「アイドルマスター」シリーズアニメ&マーケティング統括を担当

10年やった家庭用ゲームの営業 顧客の声を聞く

――『ミリオンライブ!』のプロデューサーになる以前は、どのような仕事をしていたのですか。

 07年にバンダイに入社し、10年間は家庭用ゲームの営業の仕事をしていました。『アイマス』はもちろん、「ガンダム」や「テイルズ オブ」シリーズや、「太鼓の達人」シリーズをはじめ、家庭用ゲームタイトルの営業や営業施策の企画を担当していました。

――10年も営業をしていたのですね。具体的にどんな内容だったのでしょうか。

 最初は自分が担当するエリアの家電量販店やゲームショップを回って、お店の商品の陳列や飾り付けの提案をしていました。当時は毎週木曜日がゲームソフトの発売日なのですが、その日に店頭でお客さまの目に触れて購入していただく機会がすごく大切な時代でした。新入社員のときに「THE IDOLM@STER LIVE FOR YOU!」の発売日に、1枚でも多くポスターを展開してもらえるように店頭を回っていた記憶があります。

 その後は営業企画として販売数を最大化させるためのマーケティングを担当するようになり、タイトルごとにどんな売り方をしていけばいいのか、プロデューサーとプロモーションと三位一体となって適正な販売予測を立て、販売促進企画をしていました。

――営業は向いていると思いましたか。

 1個1個のソフトの販売促進企画を考えるのがすごく楽しくて、大好きでした。担当タイトルがファストフード店とコラボしてこういう企画をやったらいいんじゃないか。販売店と協力して、こんな法人特典を作ったら面白いのではないかといった感じです。いろいろな仕掛けを考えるのが楽しかったです。そこでいろんなタイトルのターゲットのノウハウを蓄積できたと思っています。

――営業で、どんなことを学んだと思いますか。

 10年間営業でいることによって、販売店や流通が向き合うお客さまや市場の情報の最先端に触れられたのは大きかったと思います。店舗営業をしていてすごく良かったのが、直接、お客さまと接しているお店の方の話を直接伺えたことです。

 例えばカメラ系のお店に行くと、店長さんから「これを購入している人はこういうことを言っていたよ」とか、パッケージの裏面を見て「こっちの方がゲーム数が多いよ」と言って買っていったとか、定量的なデータだけでは受け止めきれない、定性的なリアルなお客さまの声を聞けました。これはとても貴重な経験でした。

 今だとX(旧Twitter)などのSNSによって、いろいろな声を伺えるのですが、お客さまが意志決定をしているその瞬間、その場の行動を見ている方の意見を聞けるのは興味深かったです。

――00年代の当時もmixiやブログなどがあったわけですが、そういったユーザーから直接得られる情報と、現場から得られる情報の違いをどう感じていましたか。

 お店に行くと、自分の会社の情報だけではなくて、他社のタイトル含むゲーム市場のトレンドも教えてくれるんですよね。発売日に類似作品が並んでいたときに「こっちのソフトはこういう人たちが買っていたよ」ということも教えてくれました。

 自社のことだけでなく、他社タイトルのことやお客さまのことも含め、市場の幅広い情報が定性と定量で入ってくるところが、ものすごく魅力的だったと思います。

――量販店の店員も専門家ですものね。経験として営業から得たものはありましたか。

 営業は、自社の商品を購入してもらうべく、流通や法人といった取引先を説得していく業務になります。交渉のスキルが必要になります。作品の魅力はもちろん、市場の必要数とその根拠を流通に伝え、相手の気持ちを引き出しながら購入いただき、一緒に販売を最大化させていく必要があります。

 こちらの提案に対し相手がどういう気持ちになるか、提案と相手の気持ちのギャップをどう埋めていくのかという交渉のプロセスを、年間200タイトル分していると、200通りの反応があるわけです。さらに同じタイトルでも担当者ごとに変わってきますから「200通り×流通分」の掛け算の反応があります。

 この方にはこういう言い方をした方がいいのではないか。この法人はこういう特性があるから特典や提案をもう少しカスタマイズしたほうがいいんじゃないかなど、交渉をしていく中で、相手の気持ちを考えながら同じゴールを向いていくスキルを身につけられたのは、営業の魅力だと思います。

営業の経験 プロデューサーにどう生きた?

――営業の経験が現在のプロデューサーという立場でも生かされていると思います。いつからプロデューサーになったのでしょうか。

 その後「テイルズ オブ」シリーズと「ゴッドイーター」シリーズのアプリゲームのプロデューサーを経て『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』(『ミリシタ』)のリリースにプロデューサーとして携わり、今に至ります。

――恐らく、その当時はここまで『アイマス』に深く関わると思っていなかったと思います。『アイマス』についてはどのようなイメージをお持ちでしたか。

 営業時代に『THE IDOLM@STER LIVE FOR YOU!』や『THE IDOLM@STER Dearly Stars』など家庭用ゲームも担当していたので、思い入れが深く、自分自身、アイドルもゲームも大好きでした。

――『ミリオンライブ!』は13年にGREEで展開していたソーシャルゲームから始まりました。『ミリシタ』のリリース当時から既に音楽ライブも積極的に展開していました。途中から参画して、プロデューサーとしてどのようなことを考えていましたか。

 『ミリオンライブ!』のアイドルをもっと多くの人に知ってもらいたい思いがありました。ゲームはもちろんのこと、キャスト(声優)の皆さんがライブで歌って踊る姿をみて、『ミリオンライブ!』のアイドルたちが歌って踊る姿を自分も見たいと思っていました。

――『アイマス』では、いろんなブランドがありますが、どのように差別化を考えましたか。

 『ミリオンライブ!』のブランドの強みは、3つあると思っています。1つは「未完成な手作り感」。2つ目は「アイドル39人での一体感」。3つ目が「想像の斜め上をいく展開」。これが『ミリオンライブ!』の魅力だと思っています。

 1つ目の「未完成な手作り感」は、プレイヤーである「プロデューサー」が、『ミリオンライブ!』に登場するアイドルと未完成なところから一緒に作り上げていく世界観を大事にしている点です。アイドルたちなりに一生懸命に考えて、自分たちにできることを協力し合いながら作っていく。そのチャレンジしていく過程と成長は、アニメでも表現しました。

――『アイマス』自体がアイドルを育成するゲームではありますが、興行するシアターからライブイベントまでプレイヤーと共に創り上げていく、いわば文化部のテイストが『ミリオンライブ!』の魅力といえると思います。

 2つ目の「アイドル39人での一体感」は、3つ目の「想像の斜め上をいく展開」とも関わるのですが、楽曲の歌い手を限定せず、幅広く展開されています。『ミリオンライブ!』の楽曲には39人全員が歌う全体曲だけでなく、ユニットやソロ曲もあるのですが、ライブではあるキャラクターのソロ曲を別のキャストが歌うなど、無限の可能性があると思っています。こういった展開ができるからこそ、39人全員がそろった時に一体感が出てくる。これが魅力の2つ目だと思っています。

 3つ目の「想像の斜め上いく展開」は、企画からシナリオ、ユニットに至るまで、数々の意表を突く展開を意識しています。

――23年12月に東京ドームで開催された「異次元フェス アイドルマスター☆♥ラブライブ!歌合戦」では「ジャングル☆パーティー」の楽曲の特殊性が話題となり、Xでも歌詞の「ウンババ」がトレンド入りしました。『ミリオンライブ!』を代表する楽曲として認識されつつあります。

 「想像の斜め上いく展開」の部分は、ゲームチームが楽しみながら企画を作ってきてくれています。想像の斜め上をいくような企画やユニットを出した時に、(観客である)「プロデューサー」さんたちがSNS上で「そうきたか、やっぱりミリオンだな」という反応をしてくださると、私自身も「そうだよね」と思える一体感がうれしいと思っています。この3つを『ミリオンライブ!』の強みとして表現していきたいと思っていますね。

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――ハイコンテクストさをファン同士で共有できるのが『ミリオンライブ!』ならではの魅力と言えそうです。わかちこPさんは、最初は『ミリシタ』のプロデューサーではありましたが、いつしか『ミリオンライブ!』のブランドプロデューサーになっていますね。

 特に明確な肩書があり、役職として与えられているわけではないのですが、私が『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』のプロデューサーであることがきっかけで、『ミリオンライブ!』のゲームチーム、ライブ、楽曲、MD(マーチャンダイジング)、ライセンスチームと常に連携するようになり、結果的にブランドとしての意思決定をさせていただくことになりました。

 それぞれが専用のチームで構成されていて、本当に各チームがミリオンライブを愛してくれています。全員が「プロデューサー」さんを喜ばせることに、ものすごい熱量を持ってくれています。私がまとめているというよりは、むしろみんなに助けてもらっているような存在だと思っています。

――『ミリオンライブ!』には社内だけでどれぐらいの人数が関わっているのでしょうか。

 ライブ・グッズ・アプリなどで、社内だけで大体30人ぐらいだと思います。各部署がそれぞれで考えてくれているものに対して、それが点にならないように、きちんと線になり大きい輪になるといったように、それぞれのアイデアを最大化するように心がけています。

――まさしく10年間の営業経験を、プロデューサーの業務に発揮できているのだと思います。

 だといいなと思います(笑)。さまざまな方と交渉をしていく中で、相手の気持ちを考えながら、同じゴールに向かって進めていくのは、営業の経験から得られたスキルだと思います。このスキルはいまプロデューサーをやる上ですごく役に立っていると実感しています。

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