マーケティング・シンカ論

『信長の野望』開発者に聞く 「シブサワ・コウ」という創業者の名を背負う重責

» 2024年03月23日 15時50分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 「歴史シミュレーションゲーム」という新ジャンルを打ち立てた『信長の野望』。1983年にパソコンゲームとして世に出て以降、主要作だけで16作が登場している。

 「歴史シミュレーションゲーム」といっても、その実態は「領国経営ゲーム」と言ったほうが正しい。他勢力よりも先んじて、自分の支配する領国の国力を効率的に充実させることが第一の目標になり、その過程で内政をしたり、優秀な人材を登用したりといった作業が中心となる。

 戦国時代の華である合戦はあくまで領地拡大手法の一要素にすぎず、他勢力を戦いではなく外交で平和的に取り込むことも重要な選択肢だ。

 こうした経営的要素から、ハーバード大学のビジネス・スクールなど、MBAの教材として活用している学校もある。「歴史シミュレーションゲーム」以外にも他ジャンルの展開もしていて、MMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)やシミュレーションRPG、カードゲームなどのスピンオフ作品も発売した。本作は30〜50代の男性を主なターゲットにしており、シリーズ累計の累計出荷本数は1000万本を超える 。

 開発者は、コーエーテクモホールディングスの創業者である襟川陽一社長だ。初代『信長の野望』は襟川社長が「シブサワ・コウ」名義で開発から販売、ユーザーサポートまで一人で全て手掛けた。初代『信長の野望』の大ヒットにより、コーエーテクモホールディングスの前身企業である「光栄」は、襟川家の家業であった染料工業薬品問屋業からゲームソフト開発企業へと転身した。

コーエーテクモホールディングスの襟川陽一社長

「スーパーマリオ」「ドラクエ」よりも長い歴史

 その「信長の野望」シリーズが、2023年で40周年を迎えた。これは国産ゲームの代表作である「スーパーマリオ」「ドラゴンクエスト(ドラクエ)」「ファイナルファンタジー」「ストリートファイター」などといったシリーズ作品よりも長い歴史を持つ。

 この「信長の野望」シリーズ40周年を記念して製作したタイトルを23年8月、スマートフォンゲームとしてリリースした。タイトルは『信長の野望 出陣』(以下、『出陣』)で、同社初の位置情報ゲームを世に出した。ゲームのシステムは『ポケモン GO』のように、プレイヤーの位置が主体となり、自分の陣地を拡張していくスタイルだ。

 位置情報ゲームとして展開した狙いは、既に『ポケモン GO』や『ドラクエウォーク』などといったヒット作が登場している点にある。『ポケモン GO』の全世界の累計収益は65億ドル(約9800億円)以上 。『ドラクエウォーク』も17億ドル(約2500億円)の累計収益を突破しており 、その市場は大きい。

 地図データは、Mapbox社の現代のマップを採用しており、プレイヤーはスマホを持って歩くことで、歩いた場所の拠点を制圧できる。市区町村単位で達成率を表示する仕様で、その達成率は「石高」としても表示している。プレイヤーのやり込みを促す要素だ。

 地方創生でも『出陣』の活用は始まっている。コーエーテクモゲームスは岐阜県関ケ原町の「大関ケ原祭」や、甲府市の「信玄公祭り」に出展。ゲーム内とのコラボイベントを展開している。3×3マスのパネルミッションを各コラボ地に設定していて、プレイヤーは現地に赴き指定された場所に移動することでミッションを達成できるものだ。これによってプレイヤーを現地へ送客し、観光振興を図る。

 企業とのコラボも進めていて、JR東海とのコラボイベントを23年12月に実施した。これは東海道新幹線に乗って東阪間を移動することで、パネルミッションをクリアするものだった。このような位置情報ゲームならではの強みを生かし『出陣』は展開した。

 シリーズでは異色となる位置情報ゲームとして展開することに、『出陣』の企画をした菊地啓介開発プロデューサーはこう明かす。

 「新しいことに挑戦したい思いから『出陣』を企画しました。『信長の野望』にこういう位置情報を使った遊びがあったら面白いと思っていたことを詰め込んだ作品です。開発していて楽しかった反面、お客さまの『信長の野望』への期待を裏切ることにならないか、『シブサワ・コウ』ブランドとして積み上げてきたシリーズの歴史に影響を与えないかというプレッシャーもありました」

『出陣』の企画をした菊地啓介 開発プロデューサー

 コーエーテクモゲームスでは、これまで襟川社長のプロデューサー名であった「シブサワ・コウ」を、16年4月よりブランド名として運営している。襟川社長がゲーム開発の第一線から身を引き、後進のプロデューサーが主体となって歴史シミュレーションゲームの企画・開発に携わることが多くなった。そして襟川社長の一名義からブランド名へ昇華することで、持続可能なシリーズ作品の開発や展開が狙いだ。

 同様の例は、ファッション業界だと「シャネル」や「ルイ・ヴィトン」をはじめ、創業デザイナーがそのままブランド名になっていることが珍しくない。だが、ゲーム業界だとあまり例がないことだ。

 現在「シブサワ・コウ」ブランドでは、「信長の野望」「三國志」「大航海時代」「太閤立志伝」シリーズなどといった歴史シミュレーションゲームや、「Winning Post」や「仁王」シリーズなどを展開している。

 ブランドとして残すことで、創業者の名前を冠するブランド名を受け継ぐことや、そして40年にもわたる信頼と実績をどう後世に残すのかという課題を社内で明確化する狙いがある。「シブサワ・コウ」ブランドの重みについて菊地プロデューサーはこう話す。

 「40年以上、続いてきたブランドの最新作への期待を裏切るわけにはいかないプレッシャーがありました。作品を開発する上で、変えてよい部分と変えてはいけない部分があり、このポイントを外してはならないと思いました」

 この点を明確にするべく、菊地プロデューサーは「信長の野望」シリーズの開発に10年以上携わり、シリーズ全体を統括する小笠原賢一プロデューサーに相談を持ちかけた。小笠原プロデューサーはこう話す。

 「10年前に発売した30周年作品の『創造』で『信長の野望』シリーズを一度整理していたので、変えて良い部分とダメな部分はデータも交えて肌で感じていました。何より、私自身が初代からの『信長の野望』の大ファンで、『信長の野望』を開発したくて、当社に入りましたから、ここは自信を持って分かっている部分がありますね」

「信長の野望」シリーズ全体を統括する小笠原賢一プロデューサー

 こうして『出陣』の開発に小笠原プロデューサーも加わる形となり、二人三脚で進めていった。菊地プロデューサーはこう振り返る。

 「小笠原が加わってくれたことで、変えるべきところを安心して変えられました。変えてはいけない部分があると適宜教えてくれましたので、その分自分の作りたい『信長の野望』を思いっきり作ることができたと思っています」

開発ノウハウを後世にどう残す?

 こうした開発のノウハウを後世にどのように共有していくのか。だが、小笠原プロデューサーは「自身の経験に裏打ちされている部分が大きく、今後の『シブサワ・コウ』ブランドの開発に携わる人に向け明文化することがなかなか難しいところがある」と話す。

 一方で、『出陣』のリリースによって、早くもユーザーの世代交代を実現できている部分があるという。菊地プロデューサーが話す。

 「『信長の野望』シリーズのユーザーは年々高齢化していっていて、40代、50代以上の方が多い傾向にあるのですが、『出陣』のメインユーザー層は35〜45歳と、5〜10歳若返っているようです。親子で楽しめる作りにもなっていますから、世代を越えて長年楽しめるゲームを長期的な目標にしていきたいですね」

 「信長の野望」シリーズを俯瞰する小笠原プロデューサーは、「シブサワ・コウ」ブランドを、どう受け止めているのか。

 「よくそういうご質問をいただくのですが、ゲーム作りはすごく面白くて楽しい作業です。私はプレッシャーよりも『次どんな新しいことやってみんなを驚かせよう』というわくわくの方が大きくて、あまり不安を感じる心境ではないですね。もちろんプロジェクトの成否や、納期に間に合うかというハラハラはあります。ですが、多くの人に楽しんでもらえるものを作る一生懸命さに比べれば、全然気にならないですね」

 菊地プロデューサーとは実に対照的だ。最後に、創業者シブサワ・コウその人について後進の開発者からどう映るのか。小笠原プロデューサーが明かす。

 「トップダウンで目標を高く出してくれるので、どうやって解決しよう、どうやってみんなでやっていこうと自然に社内がまとまるんですよね。ゲーム業界の本当に立志伝中の人ですから、言葉の重みも違います」

 コーエーテクモホールディングスの22年度の売上高は784億円。25年3月期には売上高1000億円を見込む 。この世界的なゲーム企業を一代で立ち上げた創業者シブサワ・コウの立志伝は、ブランド名として今後も生き続ける。

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