マーケティング・シンカ論

「高級おにぎり」ブームは必然か? イノベーター理論に当てはめて考えるグッドパッチとUXの話をしようか(2/2 ページ)

» 2024年04月02日 08時30分 公開
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「馴染みがあって、新しい」こそが、広めたくなる「特別感」

 アーリーアダプターは、先進性に引かれるだけでなく「具体的なメリット」も大事にする人たちです。つまり、尖っているだけの商品だとイノベーター止まりでブームにはなりません。

 高級おにぎりは、なぜその先に進むことができたのか。それには、まさに「おにぎりが本来持つ力」そして「特別感」が関係していると考えられます。

 ここでは「MAYA理論」を参照しながら、その正体について考えていきます。MAYA理論とは「Most Advanced Yet Acceptable」の略で「人は驚きを求める一方で、馴染(なじ)みあるものが欲しい」という人間の性質を示しています。

 おにぎりは「ご飯+具材」という基本的なフォーマットがあって、それはまさに「馴染み」あるもの。具材の「内容」や「大きさ」を工夫することで「好奇心」が駆り立てられ、そこに「ふっくら」が加わることで、より一層の特別感が出たと言えるでしょう。

 現代人は次から次に新しい情報を浴びているので、具材を工夫するだけではもはや特別感を抱きづらい。しかし「ふっくら」が加わることで、明らかにこれまでとは違う「Wow!」がある。でもそれは、馴染み深い本来のおにぎりの姿でもある。

 これに似た売れ方をしている商品は他にもあります。例えば、ファミリーマートの「生コッペパン」。見た目は普通のコッペパンなのに、ふわっと食感は普通超え。「馴染み+新しい」のお手本のような商品で、案の定、ヒットしているようです。

累計販売数1億2000万個を突破しているファミリーマートの生コッペパンシリーズ(画像:ファミリーマートプレスリリースより)

 「誰かに広められる特別感」は面白いだけでは不十分で、相手にとっても馴染みあるフィールドである必要があります。そのフィールドの中で新鮮な情報を届けるのが、アーリーアダプターすなわちインフルエンサーというものです。

結局のところ、世の中に広まるのは「コスパがあってこそ」

 3段階目のアーリーマジョリティの人たちは、すでに始まっている流行に乗っかります。つまり、2段階目のアーリーアダプターに大きく影響を受けています。

 口コミやメディアなどの情報を通して、すでに伝わっている特別感。慎重な姿勢をとるアーリーマジョリティを振り向かせるには、これまでの生活を変えるわけではなく、馴染むような体験にできるかがポイントです。

 1つ目の観点としては「どこでも簡単に入手できるか」があります。

 「ぼんご」のような専門店だと、あくまで「知る人ぞ知る」止まり。だからこそ生まれる熱狂を活用するのもマーケティング戦略のひとつではありますが、ここはみんなの食べ物「おにぎり」です。大手小売店で売られることにより、「ぼんごのおにぎり」から「高級おにぎり」という、点ではなく面としての人気にフェーズが移行するのです。コンビニに並べば、それはスタンダード認定を受けたようなもの。一つの分岐点といえるでしょう。

 ユーザーが自分から探しにいくのではなく、自然とそこで売っているから買う。それこそが「馴染んでいく」ユーザー体験です。

 そして2つ目の観点は、やはり「コスパ」や「タイパ」ではないでしょうか。

 昨今の物価上昇などもあり、ランチのお財布事情も厳しくなっています。その中で積極的に選ばれるためには、やはり優れたコスパであることは欠かせません。嗜好性の強くないものに無理をしてチャレンジする人は少ないのです。

 おにぎりがいわゆるコスパに優れていることはよく語られています。腹持ちは良いですし、具材も豊富で選択肢が多い。健康にも良さそうです。それが高くても200円台のため、複数個買ってもそれなりの値段に収まります。

 でも、私たちはただ手軽に栄養を摂取できれば良い生き物ではありません。限られた予算だとしても美味しいものを食べたいし、楽しく選びたい。

 いつも食べている好きな具材や、旬の食材を使った期間限定品……。おにぎりには、好きなものを選んで、好きなものを食べるという「楽しい体験」があるのです。それを最小限のコストで体験できる価値は大きいといえます。

 さらにタイパの観点でいうと、スマホの影響も大きいでしょう。左手におにぎりを、右手にスマホを持ちながら、いわゆる「ワンハンド」でランチ。なんてことも珍しくはありません。

 コスパもタイパも、決して機能的な側面だけではなく「楽しさ」といった情緒面も考慮されるもの。そんな意味を含めても、おにぎりは現代社会にうってつけの食べ物といえるでしょう。

 どこでも手に入り、コスパ・タイパに優れ、楽しさもある。だからこそ人々の日常に馴染んでいき、広まっていく。これもまた、昨今の高級おにぎり人気の理由の一つと考えられます。

全ては「目の付けどころ」

 さまざまな観点で考察を述べましたが、やはり昨今の高級おにぎり人気で特筆すべきは、その始まりが「ぼんご」という、昔から愛されていた小さな専門店だったという点にもあると考えています。

 普段、何気なく愛用しているものの中に、全国的なヒットの種が潜んでいるかもしれない……そんなロマンを感じてしまうのは、筆者だけではないはず。

 今回は、イノベーター理論を参照しながら、高級おにぎりがブームになった理由に迫りました。皆さんもぜひ、普段から愛用しているサービスや商品を見直すところから始めてみませんか? いつの日にか「まさか自分がイノベーターだったとは」と思い返すような、そんな特別感を発見できるかもしれません。

著者紹介:高階有人

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株式会社グッドパッチ UX/サービスデザイナー。大手SIerにてシステム開発やデジタルビジネス企画を経験。その後コンサルティングファームにて、官公庁向けのITコンサルティングや調査研究に従事。2021年にグッドパッチにUX/サービスデザイナーとして入社。暮らしや仕事になじんでいくサービスを生み出すことを信条としている。趣味は音楽とアイスランド。


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