この記事は、『イシュー思考』(和氣忠著、かんき出版)に掲載された内容に、かんき出版による加筆と、ITmedia ビジネスオンラインによる編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
「イシュー思考」という概念はビジネス界ではかなり広まってきているが、実際どのような思考法で、どのように使うことができるのだろうか。マッキンゼーやアクセンチュアのコンサルティングを経て独立起業し、『イシュー思考』を執筆した和氣忠氏が、イシュー思考とはなにか、どのように役立つか解説する。
解決する手段が思い浮かばず、放置している「困りごと」や「問題」はないでしょうか。そんな課題を解決に導くのが「イシュー思考」です。
巷(ちまた)では、「問題だ!」と問題提起されながらも、「何が問題なのか?」「どんな姿を目指すからこその問題なのか?」がとても曖昧(あいまい)なまま放置されていることが少なくありません。
本来、目指す姿と現状とのギャップが問題意識となるはずです。巷で「問題だ!」と騒がれている内容は、どんな姿を目指している問題意識なのでしょうか?
本稿では、イシューを特定して優れたイシューステートメントへ言語化していく手順について具体的に考えていきます。
「問題だ!」と問題提起されるときは、なんらかの「困りごと」が起点になっています。ヒトは、なんらかの「困りごと」に直面したり、感じたりしたときに「問題だ!」と声を上げます。
困りごとは、「今の状況が自分にとって辛くて困る」といったものから、「今後起こり得る変化が自分にとって不都合だから困る」といったものまで、いろいろあるでしょう。この時、困りごとを取り除きたい気持ちは明確ですが、どう取り除きたいのか、どうなっていたいのかが、多くの場合は明確ではありません。
この「困りごと」をどう取り除きたいのか、どうなりたいのか、すなわち目指す姿がどんな状態なのかが明確でなければ、目指す姿と現状とのギャップも把握できず、問題意識も曖昧なままです。それでは、イシューを特定できません。
そこで、次のような手順で、巷にあふれる問題提起について、イシューを特定してイシューステートメントへ言語化していきます。
分かりやすい事例として、「銀行窓口がATMに変更され、支店窓口が減らされる」という変化に直面した昭和の時代のケースを取り上げましょう。当時、「銀行窓口が減って、ATMへ変更されていくのは、問題だ!」と多くの人々が訴えました。
この「問題だ!」について、以下の手順に沿って考えてみましょう。
(1)さて、何に困っているのか?
(2)どうなりたいのか? どんな姿になりたいのか?
(3)その姿を目指す、「そもそもの目的」は?
(4)ということは、あらためて目指す姿は?
(5)では、どのような切り口で目指す姿を実現するのか?
(6)とするとイシューは、どのように言語化されるのか?
銀行口座からの引き出しや振り込みなどの手続きが、対人対応の窓口から機械対応のATMへ変更されると、新しい手続きの仕方が分からない、混乱する、やりにくくなる、不便になるので「困る!」と訴えるケースが多いと予想できます。
手続きの仕方が分かり、混乱なく、やりやすく、便利であってほしいわけですが、それはどんな姿でしょうか? 窓口対人対応を継続する姿なのか、銀行が進めようとしているATMによる機械対応とする姿のどちらでしょうか?
窓口対人対応を継続する「そもそもの目的」は、慣れ親しんだ手順を変えることなく、混乱や不便を避けることでしょう。
一方、ATMによる機械対応とする「そもそもの目的」は、現状の窓口対応よりも、待ち時間が少なく、短い時間で、窓口の営業時間外でも、引き出しや振り込みなどの手続きを可能にして利便性を向上させることにあるでしょう。
このケースにおける困りごとは、何かしらの現状変更が進められる時に湧き起こる、典型的なものです。
一つは、ATMへの移行を中止して現状を維持し、移行に伴う混乱や不便、苦労を避けること。 他方は、ATMへの移行期における一時的な混乱や不便・苦労を乗り越えて普及させ、将来的には、現状よりも便利でラクな手続きを可能とするというものです。
「そもそもの目的」に立ち返った時、どちらが「目指す姿」なのでしょうか? 改めて目指す姿としてどちらが妥当なのか、吟味しましょう。
「そもそもの目的」は、便利でラクに銀行口座からの引き出しや振り込みができる、ということです。このレベルで「そもそもの目的」を捉えると、両者ともに「そもそもの目的」は共通です。
この共通の「そもそもの目的」を判断基準として吟味すれば、ATMへの移行に伴う一時的な混乱や不便や苦労の度合いと、将来、便利さやラクさが大きく高まる度合い、のどちらが勝るのかが判断基準となります。
すると、将来の便利さやラクさの向上のほうが上回ることが明らかなので、より便利でラクなATMへ移行する姿が「目指す姿」になります。
ATMへ移行した結果のインパクトは大きい。そして、ATMへ移行することで問題解決可能ですので、十分にイシューの要件(「解き得ること」「解いた結果のインパクトが大きいこと」)を充たします。
従って目指す姿は、「移行時における一時的な混乱や不便、苦労を乗り越えて、現状よりも便利でラクな手続きを可能とする」です。
このように「目指す姿」を設定できると、移行期の困りごとに対策を講じながら、将来さらに便利でラクな状態に至る姿がイメージできます(実際、現在の状況を鑑みれば、ATMへ移行することで、利便性とラクさが格段に向上しました)。
ここまでの手順で目指す姿が明確になりました。この目指す姿を実現するうえで重要なのは、ATMによる機械対応への移行に伴う移行期の混乱、不便、苦労を極小化することです。要するに、解くべきは、ATMによる機械対応へ移行すべきかどうかではなく、どのように移行期の混乱、不便、苦労を極小化して、ATMによる機械対応へ移行するかという切り口です。
思考の手順をここまで進めてきたところで、イシューステートメントへ言語化してみましょう。
問題定義や困りごとの内容を見極めて、真に「目指す姿」を究明して、それを実現する切り口を特定しましょう。
この切り口に基づくと、例えば、「移行初期2年間の混乱、不便、苦労を極小にとどめて、銀行窓口手続きを、よりラクで利便性が高いATMによる機械対応へ移行することができるか?」というイシューステートメントが立てられます。
イシューを特定していく段階では、特に期限に関する情報はありませんでしたが、イシューステートメントとして言語化する段階では、期限が定められないと解き方のアプローチを組み立てられないので、期限を具体的に記します。
ここでは、仮に「移行初期の2年間」というタイムラインを追記しました。
このように、目の前の一時的な混乱や不便、苦労に直面して、「問題だ!」という訴えがなされたとき、「そもそもの目的」、真に「目指す姿」を究明して、移行した先の世界が、一時的な移行段階における困りごとよりもうれしいものなのかどうか、吟味することがポイントです。
日本道路公団のエンジニアとして高速道路計画・建設に従事したのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてテクノロジー・製造業分野を担当してパートナー就任、グローバルマネジャートレーナーのメンバー兼東アジア地域マネジャートレーニングリーダーとなる。
その後、カーライルグループのアドバイザーとして投資先をサポートし、デジタル化の動きが本格化していくタイミングにてアクセンチュア戦略コンサルティングのマネジングディレクター就任。2017年に働くヒトの可能性を開花させることをミッションに、株式会社キャリアデベロップメント・アンド・クリエイションを起業。著書に『なるほどイシューからの使えるロジカルシンキング』(かんき出版)がある。
東京大学工学部土木工学科卒業、同大学院修了、スタンフォード大学MBA修了。
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