1951年に埼玉県羽生市で開業した喫茶店「モア松屋」。地域で長く親しまれてきた家族経営の店だったが、2020年、コロナ禍や店主の高齢化により、営業継続が危ぶまれていた。
そんな状況の店を引き継いだのが、地元で牛乳販売店を営む別井勝さん(Moreミルク社長)だ。売り上げや原価すら分からない状態から事業承継を決断し、レシピの再現や設備改修、オンライン販売、ふるさと納税の返礼品登録などを進め、店の再開と事業拡大に挑んだ。モア松屋は、どのように受け継がれ、地域に愛される店として進化を続けているのか。
2020年、羽生市で長年愛され続けてきたモア松屋をコロナ禍が襲った。同店は例年5〜10月の期間限定で営業しているが、その年は5月が近づいても店が開く気配がなかった。
「コロナ禍の影響で牛乳が届かなくて、店を開けられないらしい」――そんなうわさを、市内で牛乳販売店を営む別井さんは耳にした。
別井さんは2008年に牛乳販売店を立ち上げ、現在は病院や介護施設、保育園、学校などに牛乳を届けている。そのため「もし困っているなら、何か手伝えないか」と考え、モア松屋を訪ねた。
牛乳販売の営業のつもりもあったが、それ以上に「仕入れを支えられれば、店も再開できるかもしれない」という思いで店主に声をかけたという。世間話をする仲になり、何度か店に足を運ぶようになった。
「休業の本当の理由は牛乳が届かないことではなく、先代がお店を閉じようか悩んでいることでした」(別井さん)
夏になると家族連れが訪れ、看板商品の「アイスもなか」やソフトクリームを楽しむ。地域に根ざした「季節の風物詩」のような店がモア松屋だ。しかし当時、店主は80代と高齢だった。これまでずっと頑張ってきたから、もう店の営業を続けていく気力を保つのが難しい状態とのことだった。
「あんた、やるかい?」――2人で世間話をする中で、先代から「店を継がないか」という趣旨の提案があった。
当時、複数の企業がモア松屋に事業承継の打診をしていた。しかし、家族経営ということもあり、売り上げなどの経営周りの数字が不透明だったことから、具体的な話には発展していなかったという。
一方で別井さんは採算や事業承継の話をするわけではなく、「続けられるなら続けた方がいい」「この店やアイスがなくなるのはもったいない。手伝えることがあればやるから」といった会話をしていた。その姿勢が、先ほどの先代の言葉につながった。
「言われたときは非常に驚きました。嬉しい部分もありましたが、地元ではすごく有名なお店だったので、プレッシャーの方が大きかったです」
自分が継ぐという考えは全く持っていなかったが、打診を受け、「この店がなくなるのはもったいない」という思いが次第に強くなっていった。
「採算が合うのか不安でしたが、儲(もう)かるかどうかより、この店の味をこのまま変わらず残したいと思ったんです」――そうして、別井さんは事業承継を決意した。
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