「米ニューヨークでは、生成AIに仕事を代替されたコンサルタントが配管工に転職し、年収が上がったという現実がある」――。
生成AIの進化は、かつて「21世紀の必須スキル」といわれたプログラミングや高度なコンサルティング業務の市場価値すら急速にリセットしつつある。どんなに段取りが難しくても「正解が一つ」である領域の仕事は、全てAIに代替される。そんなコモディティ化の恐怖が現実味を帯びる中、企業の持続的な成長をけん引する経営層が今、身につけるべき組織マネジメントスキルとは何か。
2月に東京青年会議所が主催したセミナー「AIと創る未来の教育」に、東京都で初めて公立中学校の「民間人校長」を務めたことで知られる、教育改革実践家の藤原和博氏が登壇した。社会の在り方が急速に変わる中で「稼げる人材」いかにして育成すべきか。その具体的な戦略を提示した。
既存の「情報処理型」の組織から脱却し、「希少性」を担保するための「情報編集力」の磨き方とは。イノベーションを起こすためのタレントマネジメントの要点に迫る。
藤原和博(ふじはら かずひろ)1955年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、欧州駐在、そしてリクルート初代フェローとなる。2003年より都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を5年間務める。2008〜2011年、橋下徹大阪府知事特別顧問。2016〜2018年、奈良市立一条高等学校校長。2021年、オンライン寺子屋「朝礼だけの学校」を開校。近著に『どう生きる? 人生戦略としての「場所取り」の教科書』(祥伝社新書)、『必ず食える1%の人になる方法』(ちくま文庫)など(以下写真は東京青年会議所提供)「これから10年、子どもたちや私たちのビジネス環境が、どんな社会変化にさらされるのか。自由に議論してください」
冒頭で藤原氏は、セミナーの参加者に問いを投げかけた。参加者は周りにいる数人と2分間ほどのブレストをして、10年後の変化について自らの意見を出し合う。講演でありながら、アクティブラーニングの形式を取るのは、藤原氏が実践している「よのなか科」の授業と同じ手法だ。よのなか科では、正解がないとされる課題に対して「納得解」を考え、これからの時代を生きるために必要とされる情報編集力を身に付ける授業を実践している。
実は、冒頭の問いには正解がない。重要なキーワードの一つはAIだ。すでにAIによって事務の仕事はなくなってきた。藤原氏は「正解はないものの、世界の有識者が出している答えの一つ」として、AIロボット化を挙げた。
「ビルや高速道路がどんどんできるような高度経済成長の時代は、鉄とコンクリートによって未来を見せられた時代でした。それが、1998年くらいに分岐点があり、都市サービスが半分ほどインターネットの中に構築される時代に移行していきます」
「1998年に米Googleが誕生し、社会のデジタル化が始まりました。いま労働市場に参入しつつある若い世代は、2007年以降に生まれた、いわば『iPhoneと同級生』のデジタルネイティブたちです。彼らを迎える現在のビジネス社会は、至るところにロボットが埋め込まれ、AIとつながっていく段階にあります。つまり、鉄とコンクリートによるかつての工業化社会から、AIロボットによる超高度情報社会へ完全にシフトしていきます。これまでのルーティンワーク、つまりリアルな世界の中での定型業務は、文字通りなくなっていくのです」
社会がさらに変化していく中で、なくなる仕事となくなりにくい仕事はどこに分岐点があるのか。藤原氏はどんな要素があると人間の仕事として残っていくのかを、参加者とともに議論した。
議論にあたって、藤原氏が示したのが「基礎的人間力」「情報処理力」「情報編集力」の3つの柱で構成される「生きる力の逆三角形」だ。これは企業における「タレントマネジメント」の要諦とも一致する。ビジネスにおける「人材価値の逆三角形」ともいえるものだ。
逆三角形を下で支える土台となる基礎的人間力は、体力や精神力、マインドセットを指す。どんな環境で育ち、どんな経験をしたのかによって蓄積的に得られる体力や忍耐力、精神力などだ。
その上の情報処理力は、知識や技能など、正解がある問題を早く正確に解く力。基礎学力に近く、いわば従来の「優秀なオペレーター」の能力だ。そして最上部にある情報編集力とは、正解がない問題に対し、自ら仮説を出して、他者の意見を巻き込みながら納得解を導く力だ。納得解とは、自分が納得し、かつステークホルダーをも納得させられる解を指す。
藤原氏は、この情報編集力こそが、これからの成熟社会で企業の命運を分けると断言する。
「日本は1997年に経済成長がピークアウトして、1998年から成熟社会に入ってもう久しいです。成熟社会の特徴は『正解がどんどんなくなること』です。高度経済成長期は米国という明確なモデルがあり、正解がはっきりしていました。しかし、そのモデルはもう機能しません。にもかかわらず、多くの学校現場や企業では未だに『情報処理力』(オペレーション能力)に偏重しています。この評価軸を新しくできなければ、これからの時代、企業も個人も生き残ることはできません」
情報編集力が求められるのは、ビジネスの現場でも同じだ。情報処理的な仕事は、AIロボットに奪われる。どんなに段取りが難しくても、正解が一つであるような仕事はなくなっていく。藤原氏はその象徴的な仕事に、プログラマーを挙げた。
「少し前まではプログラミングは21世紀の英語のようなもので、学ばなければならないと言っていた人がいますが、今どうなっていますか。生成AIでプログラミングまでできることが判明して、プログラマーやコンサルタントが市場価値を失っています。ニューヨークではコンサルタントが配管工に転職して、年収が上がったという話まで出ています」
情報編集力を理解してもらうために、藤原氏は「処理の脳」と「編集の脳」の使い分けを参加者に説明し、周りの数人でチームを組んで体験してもらった。
まず、世の中に存在する「白色が当たり前の商品」をたくさん出してもらう。この時に発揮するのは情報処理力になる。続いて、白色が当たり前ではあるものの、黒色にしたら格好良くなったり、高級感が出たりする商品を考えてもらう。この掛け算が情報編集力だという。
「開発済みのものや、皆さんが知っているものではなく、他のチームが考え付かないようなニッチなものや、この白い商品はまだ黒くなっていない、といったものを生み出してください。全く違うものを掛け算することで、脳が活性化されてものすごいアイデアが出る可能性があります」
重要なのは、誰も考えていないものを生み出すこと。そのためには情報編集力を、いかにして応用するのかが問われる。これはイノベーションを起こして稼げる人材を育成する上でも、重要な視点だ。藤原氏はまず、稼ぐことの定義を時給で示した。
「仕事の値段を時給で考えると、マニュアル化されたコンビニなどのアルバイトが1000円くらいです。サラリーマンや教員、公務員は、年収を年間総労働時間で割ると、だいたい3000円から5000円くらいになります。パイロットは1万円、顧客がついている弁護士は3万円、高度なコンサルができる人は10万円くらいの時給を取ります。時給に1000円から10万円まで、100倍もの差が生まれています。この謎を解いていきましょう」
再び会場ではブレストが行われる。藤原氏は、より稼ぐために必要なのは複数のスキルを掛け算して「希少性を上げていくこと」だと指摘した。
「希少性はレアさと言い換えてもいいですし、唯一無二でも、ユニークさの極致でも、他の人が誰もやっていない仕事と言ってもいいです。働き方改革が叫ばれましたが、定時に即帰ることだけが本質ではありません。本来の意味は、1時間あたりの『仕事密度』を上げることです。例えばテクノロジーで定型業務を効率化し、空いた時間で組織全体の『希少性』を高め、付加価値を上げること。それによって初めて、社員の時給を何倍にも引き上げることが可能になります」
藤原氏が示唆するのは、AIの導入を単なる人件費の「コストカット」で終わらせないことだ。効率化によって浮いた時間を、社員それぞれが持つ希少性を高めることに割り当て、新たなイノベーションを生むための時間へと転換することが、経営者の役割である。
藤原氏が「その人が持つ希少性に、自信を与えていくことが必要」と語る通り、AIの急激な進化によって社会の前提が変わる今、組織全体の「情報編集力」を磨くことが求められる。そしてマニュアル化できない付加価値を創出することこそが、これからの激変期を勝ち抜くタレントマネジメントの核心だ。
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで大学問題、教育、環境、労働、経済、メディア、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)、『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書・筑摩書房)。HPはhttp://tanakakeitaro.link/
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